2022/02/15 18:57
「加齢が、すなわち、病気や介護に結びつくわけではない。日々の生活に気を配ることによって病気や介護状態を抑制することができる」――日本老年学的評価研究機構(JAGES)代表理事である近藤克則氏(千葉大学予防医学センター教授)は、日立製作所が2月15日に開催した「社会参加のすすめ」オンライン記者発表会において、「積極的に社会参加することによって高齢者の健康寿命は伸びる」という最新の研究成果を強調した。日立製作所は、今年4月にスマートフォン用のアプリとして「社会参加のすすめ」をリリースする計画で、現在は保険会社や不動産開発会社、金融機関、モビリティ事業者などと連携し、高齢者の社会参加を促す仕組みづくりを進めているという。「人生100年時代」を、健康長寿によって豊かな社会にしていこうという取り組みを取材すると、その豊かさを生活資金の面でも不自由なく過ごせるよう、老後に向けた資産形成の重要性にもまた気付かされる。
社会インフラを担う事業やサービスを提供してきた日立製作所が、高齢者の社会参加促進という課題に取り組むようになったきっかけは、「2020年度に介護保険給付費が10兆円を上回り、20年間で3倍以上に増大し、今後も増え続けることが予想される現実。もはや、持続可能な社会保障とはいえず、何らかの対策が必要という問題意識」(金融ビジネスユニット金融第二システム事業部技師の鎌田裕司氏)だったという。この課題解決には、まずは、個々人の介護リスクの認識を深め、介護状態にならないように予防に努めることとして、健康長寿化社会をめざした予防政策の科学的な基盤づくりについて研究を深めているJAGESの近藤氏らと対話していったという。
近藤氏は、「(高齢社会になって)近年、認知症になる人が増えているように感じられるかもしれないが、実は、100人当たりの発症率は低下している。1980年頃は100人当たり3.6人が認知症になっていたものが、2010年頃には2人になった。30年で認知症発症率を40%以上低減することができている。これは、この間の人々の行動や生活環境が変化したことが要因と考えられる」という。たとえば、認知症患者の数は、地域によって偏りがあるが、1つの傾向として、1日30分以上歩いている人が多い地域ほど、認知症のリスクを抱えている人が少ないという傾向があるという。「傾向として都市的自治体では認知症リスクを持った人が少ないが、それは、東京駅など大きな駅が多いと乗り換えるだけで数百メートルを歩かざるを得ず、都市型の生活は結果的に歩く距離が長くなる傾向があるためと考えられる」という。
さらに、高齢になっても趣味を持っている人は認知症になるリスクが小さいと考えられているが、具体的にどんな趣味を持っていれば認知症になりにくいかということを6年の歳月をかけて追跡調査したところ、男女ともにグランド・ゴルフと旅行を趣味にしている人は要介護認定になるリスクが20〜25%低減するという結果が得られたという。この他の趣味では、男性はゴルフやパソコン、女性では手工芸や園芸・庭いじりをしている人の要介護リスクは低くなったという。
また、就労やスポーツ、ボランティアなど参加している組織の数と要介護認定者の関係を調べると、就労やスポーツサークル、ボランティアなどに参加している人は、要介護リスクが20%〜30%程度低くなり、しかも、複数の社会活動を行っている人の方が、相対的に要介護認定リスクが低くなることが分かるという。近藤氏は、「高齢者の社会参加率が10%高まると、要介護認定率が2%ポイント下がるというデータがある。現在、日本の高齢者の要介護認定率は全国平均で20%程度だ。2%ポイントの低下は、要介護認定の比率を10%低下させる効果があるといえる。高齢者の社会参加率を10%引き上げることによって、年間10兆円かかっている介護費用を1兆円減らすことができるかもしれない」と、社会参加の重要性を説く。実際に、イギリスでは「社会的孤立が良くない」という考えに則って、国民保健サービス(NHS)に「社会的処方」があり、高齢者らに日常的に参加できるコミュニティを提供することが行われているという。
日立製作所が作っている「社会参加のすすめ」アプリは、スマートフォンのGPS機能を使って、1日の歩行量や行動履歴を収集し、それぞれのデータに基づいて、社会参加の現状を客観的に把握できるツールとして提供し、かつ、社会参加の有用性を分かりやすく伝えるコラムをJAGESの協力を得て発信していくという。アプリの利用が増え、行動履歴データが蓄積されることによって、たとえば、保険会社が介護保険の保険料設定で、社会参加が活発で介護リスクが低い人には保険料を割り引くなどの利用が考えられる。あるいは、土地開発を担うデベロッパーが、それぞれの地域の実情に合わせたコミュニティを計画する上での基礎データにもなり得ると、今後を展望していた。
このように、社会参加によって健康寿命が伸び、かつ、認知症になるリスクが減るということが、データの裏付けと共に紹介されるような時代が遠からずやってくる。65歳以降、あるいは、75歳以降の老後(就労を引退した後の年金生活)を活動的に生活していくための資金もより手厚くしたくなる。「老後2000万円問題」は、退職後の生活を行っている平均的な年金をもらっている世帯が、平均的な支出で平均寿命を生きると考えると「公的年金以外に2000万円程度の蓄えが必要」という統計値だった。しかし、社会的な活動を活発にやろうと思えば思うほど、生活費は嵩むものだ。ゴルフをする、旅行に行く、園芸をするなど社会活動は、交通費や材料費、外食費など、何かと出費を伴うことは間違いない。ただ、何もしないことで、結果的に介護が必要になったり、認知症になって医療費や介護費用にお金を使うのであれば、旅行やゴルフなど趣味や社会活動にお金を使って楽しく暮らしたいと考える人の方が圧倒的に多いだろう。
将来の社会的活動費を余裕をもって用意するためには、できるだけ時間をかけて用意するに越したことはない。たとえば、毎月1万円を積み立てると40年間で480万だ。これを非課税で、年率3%で複利運用すると、40年後には約920万円になる。年率5%だと約1489万円だ。40年間非課税で運用する手段としてはiDeCo(個人型確定拠出年金)がある。ここに、たとえば、企業年金で会社が企業型確定拠出年金(DC)に毎月2万円平均で拠出したとして30年間を年率3%で運用ができれば1160万円が用意できる。自助努力で作った金額と合計すれば2000万円〜2500万円余りが用意できる。例えば、2500万円を年率3%で運用しながら取り崩すという方法で使っていけば、毎月10万円を取り崩しても32年間は資金が枯渇することはない。65歳の時点で2500万円があれば、97歳まで資金が残る計算だ。
老後の資金作りは、就労の仕方(就労先、勤務形態など)によって異なる。公的年金として自分は将来いくらもらえるのか? 公的年金を補完する手段として自分には何があるのか? 大まかな金額は把握しておきたい。そこがスタート地点になる。近年は、「FIRE(Financial Independence, Retire Early)」という言葉が使われて早期リタイアが若者の1つのステータスになっているが、早期リタイアして何もやることがなくて、早期に認知症になっても面白くないだろう。家族や地域社会、さまざまな趣味やスポーツの集いなど、何らかの社会活動を意識的に継続することが肝要だ。日立製作所がリリースする「社会参加のすすめ」アプリが普及すれば、健康寿命を伸ばすための有効な過ごし方が、より明確にわかるようになるだろう。(イメージ写真提供:123RF)