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2022/03/28 19:33
米国での利上げ開始の決定と、同じような時期に勃発したロシアによるウクライナへの軍事侵攻は、世界の株式市場に大きな変化をもたらすことになると考えられる。世界の株式市場は、2020年3月の「コロナ・ショック」による大幅な下落を契機に始まった「(非接触型の)新しい生活様式」を手掛かりに、オンラインショッピングやオンライン会議など社会のデジタル化進展を手掛かりとして、米国の大手IT企業を中心とした大幅な値上がりを実現した。しかし、その背景にあった世界的な金融緩和は米国の利上げによって転機を迎え、値上がり率の大きかったハイテク企業の株価下落に見舞われた。新しい市場環境を踏まえた投資戦略を考える上で、3月23日にGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が発表した「TCFDに優れた企業リスト」は1つのヒントになりそうだ。 2021年12月末までの株価を振り返ると、2020年3月末を起点として先進国株式(MSCIワールド・配当込み・円ベース)は89.40%値上がりし、中でも、米国の代表的な株価指数である「S&P500(配当込み・円ベース)」は98.21%値上がり、米国ハイテク株が中心の「NASDAQ総合(円ベース)」は114.34%の値上がりと米国ハイテク株の上昇が目立った。その主役は、「GAFAM+T」といわれる「グーグル(アルファベット)」「アマゾン」「フェイスブック(メタ・プラットフォームズ)」「アップル」「マイクロソフト」「テスラ」という世界的にトップクラスの時価総額を誇るハイテク企業群だった。 この間の投資信託(ファンド)の運用成績は、「GAFAM+T」を組み入れているかどうかによって大きな差が出た。特に、「テスラ」は、2020年3月には85ドル台の安値だったが、2021年11月には1222ドルの高値をつけるなど、この間に14倍強に値上がりした。「テスラ」を組み入れているか、そして、その銘柄をどのように売買したのかによって、運用成績に大きな差が出た銘柄だ。「テスラ」のように2020年12月期まで当期利益が小さな企業を、EV(電気自動車)市場の成長期待だけで評価するかどうかは、各ファンドの投資姿勢によって大きく異なった。結果的に、2021年12月期の純利益は前年度の7.21億ドルから55.19憶ドルと約7.6倍になった。驚異的な成長を遂げたといえるが、それ以上に株価の上昇率は大きかったことになる。「テスラ」の株価は、2022年になってから大きく下落し、3月14日には766ドルとなり、21年末の1056ドルからの下落率は約27%になった。21年11月高値からの下落率は37%を超える。 「テスラ」だけではなく、「GAFAM」の下落率もそれぞれに大きい。21年12月末からの下落率(終値ベース)は「アルファベット」が12.4%、「アマゾン」が18.4%、「メタ・プラットフォームズ」は44.5%、「アップル」は15.2%、「マイクロソフト」は18.0%だった。最安値からは回復しているとはいえ、22年に入って3カ月足らずの間に「株価が20%以上下落したら弱気相場への転換点」といわれる水準に「GAFAM+T」6銘柄のうち2銘柄が到達している。21年12月までの市場のけん引役であった「GAFAM+T」の評価の分かれ目だ。 そこで、「GAFAM+T」に代わるような新しい軸を何にするのかということもまた、検討しておきたいタイミングを迎えているといえよう。市場では、「グロース株(成長株)」から「バリュー株(割安株)」への転換という指摘がある。「GAFAM+T」が成長株の代表だったことに対し、金融や資本財、一般消費財などPER(株価収益率)などの株価指標で割安な銘柄群を押し出す考えだ。「グロース株優位」と「バリュー株優位」は循環しているといわれており、20年3月から21年12月まで圧倒的な「グロース株優位」だったため、それに代わって「バリュー株優位」に転換するという見方だ。 もう一つ、別の軸になり得ると考えられるのが、GPIFが3月23日に発表した「優れたTCFD開示」に該当する企業群だろう。「TCFD」とは「気候関連財務情報開示タスクフォース(Task Force on Climate−related Financial Disclosures)で、G20が地球温暖化防止に向けた世界的な運動を繰り広げようとする中で、民間主導で気候関連リスクやそのリスクを管理し、改善するための目標を企業の情報開示として標準化しようという取り組みになっている。日本では経済産業省が「グリーンファイナンスと企業の情報開示の在り方に関する『TCFD研究会』」を招集し、2018年8月から議論し、同年12月に日本企業向けのガイダンスをまとめている。 GPIFが3月23日に発表したリストは、GPIFが運用を委託する国内外の運用会社に最大5社「優れたTCFD開示」の選定を依頼して、その回答を集計したもの。国内企業で、4機関以上の運用機関から高い評価を得た企業は、「キリンホールディングス」「リコー」「三菱UFJフィナンシャル・グループ」「日立製作所」の4社だった。また、海外企業については複数の運用機関から「優れたTCFD開示」を行っている企業に指名された「BHPグループ(豪州の世界最大の鉱山会社)」「CEMEX(メキシコのセメント会社)」「Eni(イタリアの石油・ガス会社)」「エクイナー(北欧最大のエネルギー企業)」「TSMC(台湾セミコンダクター・マニュファクチャリング)」の5社を取り上げている。このほかに、優れた情報開示を行っている企業も含めて、結果的に日本企業54社、海外企業64社のリストを公表している。 GPIFは世界最大の機関投資家であるばかりでなく、国内機関投資家の「ESG(環境・社会・ガバナンス)投資」のリーダーであり、世界の機関投資家からも注目される資産運用機関だ。今回の「優れたTCFD開示」についても、ただ、意見を募ってリストを開示するだけにはとどまらないインパクトがあると考えられる。1つの考え方として、「日経225」や「S&P500」などの株価インデックスに採用・非採用で株価形成に大きな差が生じるようになったように、「優れたTCFD開示」リストへの採用・非採用の違いが、ESG投資を重視する機関投資家の間で投資先選定の基準に位置付けられるようになるかもしれない。まだ、公表することに意義がある段階だろうが、これが積み重ねられ、調査の内容も精緻なものになってくるにつけ、企業も決して無視できないリストに昇格していく可能性がある。 一方、今回のリストを眺めると、国内では金融や化学、海外ではエネルギー関連企業が多くリストアップされ、「GAFAM+T」とは異なる企業群がクローズアップされている。「2050年カーボンニュートラル」に向けた取り組みは始まったばかりであり、気候変動への世界的な取り組みは、今後、年月が進むにつれて具体的な成果が個々の企業に厳しく求められるようになるだろう。「TCFD開示」への関心は、年を追うごとに高まっていくことは必至だ。GPIFが公表したリストは、1つの切り口として注目に値するのではないだろうか。(表は、GPIFが公表したリストの中で特に優れた企業一覧)
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