2022/03/31 11:21
米国ハイテク株式の2021年までの大幅な値上がりに対する反省や主要国の金融緩和姿勢の転換、そして、ウクライナショックによる地政学リスクへの警戒感など、市場の不透明感が高まっている折だが、機関投資家の間では上場市場(パブリック市場)とは一線を画したリターンが期待されるプライベート市場に資産の一部を移す動きが広まっているという。ブラックロック・ジャパンでプライベート資産をはじめとした代替投資(オルタナティブ投資)についての調査・分析を担当するブラックロック・オルタナティブ・スペシャリスト(BAS)の山下顕氏(写真)に、プライベート資産の市場の現状について聞いた。山下氏は、「プライベート資産は、地方銀行からのお問い合わせの件数が増え、関心が高まっている」と語っていた。
――プライベート・エクイティは、上場する株式よりも市場が下落する時に、抵抗力が強いということですが、その理由は?
プライベート・エクイティをはじめ、プライベート資産は、通常フェアバリュエーションといわれる「公正価格」によって評価されます。ディスカウントキャッシュフロー(DCF法)などモデルを使った評価です。企業の収益を10年、15年先まで予測して、現在価値に直すといくらになるかという理論値です。DCF法以外にも、類似企業の最近の買収価格や上場類似企業の株価なども参照し、複数のモデルをつかって総合的に評価価格を算出するのです。
上場企業の株価は、その時々の市場のセンチメント(心理)や需給関係など、様々な要因に左右されて、大きく動くことがあります。プライベート資産は、上場市場の価格変動の影響とは無縁ではありませんが、理論値によって計算された価格になるため、評価価格の変動は比較的安定しているといえます。
――プライベートアセットの「低流動性プレミアム」とは?
プライベート資産には、日々の売買ができる取引所などが存在しません。したがって、購入するにあたっては、ある程度長期間保有することが前提になります。プライベート・エクイティを例にとると、投資を実現する手段としてはIPO(新規上場)や同業他社による買収、または、他のプライベート・エクイティファンドに転売するなどの選択肢がありますが、どれも今日明日と短期間で実現できるものではなく、長く保有することが前提になります。このように流動性を犠牲にすることと引き換えに、上場している資産よりも高いプレミアムを得ることができるのです。これを「低流動性プレミアム」といっています。
実際に、プライベート・エクイティとパブリック・エクイティ、プライベート不動産とパブリック不動産、プライベート・クレジットとパブリック・クレジットなど、プライベートとパブリックの資産それぞれのリスクとリターンの関係を調べると、プライベート資産はパブリック資産に比べて、リスク調整後のリターンが高いという傾向があります。これが、流動性を犠牲にして得ているプレミアムになります。
――プライベート資産の中でも世界の株式市場が下落傾向にある中で、抵抗力の強い資産クラスは?
株式市場の下落時に強い資産クラスとしては、「インフラストラクチャー」があります。インフラは、発電施設や港湾施設など、実物資産の裏付けが明確であり、その資産価値を認識しやすいというメリットがあります。また、インフラは中長期の利用契約の裏付けがある場合が多く、将来得るキャッシュフローが安定していることが下値抵抗力を生み出す背景にあります。また、近年の脱炭素社会に向けた取り組みに呼応して、エネルギーインフラを中心に、経済や社会の基盤となるインフラ全般を再構築する必要があります。その際に、国の予算を使って進めるだけでは限界があり、民間の資金を積極的に活用する必要があります。そこでもプライべート市場が重要な役割を担っています。
一方、デット(負債=他人資本)は、エクイティより弁済順位が高く、定期的な利払い(主に変動金利)があり、満期には元本が返済されるという点で、プライベート資産の中でもダウンサイド・リスクに強い資産といえます。プライベート・デットの市場は、ここ数年で非常に大きく拡大しています。プライベート資産関連のデータ会社であるPreqin社の予想では、プライベート・デット市場の市場成長率は、向こう5年間で年率17.3%と、プライベート・エクイティ市場の成長率15.8%を上回る勢いで伸びると見通しています。近年、リスク管理に厳しくなった銀行が中小企業向けの融資を絞る傾向にある中、中小企業がプライベート・デットで事業運営のための資金を調達するケースが増えています。
――プライベート・デットの直近の期待リターンは? また、市場規模は?
典型的なプライベート・デットとして中小企業向けの貸し出しである「ダイレクトレンディング」の場合、ネットリターン(手数料や税を控除後のリターン)で年6〜8%のリターンが期待できます。また、「オポチュニスティック・クレジット」といわれるデット戦略では、事業の成長や再編のための資金、また、逆風下にある企業が安定軌道にもどるまでのつなぎ資金など、移行期にある優良事業に対して資金を提供します。これらの融資は競争限定的な環境で実行されるため、担保付優先債権でありながら年10%を超えるネットリターンが見込めるものもあります。
プライベート・デット市場は、Preqin社の集計で2021年実績が約1.21兆ドル(約145兆円)という大きな市場であり、2026年には2.69兆ドル(約323兆円)になると予想されています。今後の機関投資家の投資先資産として存在感が高まっていくと考えています。
――今年に入ってから株式市場が不安定となり、ウクライナに対するロシアの軍事侵攻という予測できない変化も起こっています。この不安定な環境下で、特に選ばれているプライベート資産は?
今年に入ってからも「プライベート・エクイティ」はコアとなる資産として需要は引き続き堅調です。また、「インフラ」関連はエクイティもデットも需要が拡大しています。世界的にサステナビリティを意識した投資が活発であること、かつ、インフレ懸念が高まっていることなどから、ここ数年の人気のアセットクラスになっています。
同様に、ウクライナ危機などのショックを背景に加速するインフレに対するヘッジとして「不動産」も注目を集めています。通常賃料はインフレに連動して決定されるためインフレの影響を緩和することができます。
一方、プライベートアセットは、入手可能なデータが限定的で比較が困難というデメリットも指摘されています。また、プライベート・エクイティのように、ファンドの設定年(いわゆる「ビンテージ」)によりパフォーマンスの格差が大きい資産クラスもあります。当社では、設定年による収益格差を平準化するために、設定年を分散しながら継続的に投資することを提案しています。
プライベートアセットは、市場規模の拡大とともに、資産クラスも多様化しています。当社では、私募ファンドの形式で個々の機関投資家の運用ニーズに合わせて、資産クラス横断的なソリューションを提供しています。プライベート・エクイティからデットまで、ブラックロック・オルタナティブ・インベスターズの受託残高は2021年9月末時点で3150億米ドルになっています。
プライベートアセットを効果的に組み入れることによって、よりリジリアンス(下値抵抗力)の高いポートフォリオ構築に役立てていただければ幸いです。