2022/04/19 09:54
野村アセットマネジメントのシニア・ストラテジストである石黒英之氏(写真)は、2021年9月に野村アセットに移って以来、「日本に投資を根付かせるという同じ目的に向かって努力する同志である投信販売金融機関の担当者の方々との勉強会に飛び回っている」という。21年9月から22年3月までに開催した勉強会に参加した担当者は、対面とウェブを合わせると延べ5万人を超えた。「より長期の目線で投資に向き合いたい」と証券業界から資産運用業界に移った。「日本の明るい未来を展望するためには、個人金融資産で眠っている1000兆円超の現預金を投資に振り向けることが必要だ」と、「顔の見えるストラテジスト」として積極的に情報発信を続ける石黒氏に、今後の取り組みについて聞いた。
――ネット証券で積立投資を始める若い人が増えていると言われますが、それも全体から見ると一部で、まだまだ少数派にとどまっています。日本に「投資」が根付かないのは、なぜなのでしょう?
日本人は、せっかちな人が多いと思います。投資をしても、早く結果を求める傾向が強すぎます。投資で成功するためには、長期に行うこと、そして、コツコツと行うことが必要です。長期に積立投資をする人を世の中全体で育てていくことが肝要だと思います。
「投資は難しい」、「投資はまとまった資金のあるお金持ちがやること」などと思っている人に、私はよく「1日350円の節約ができれば、7500万円を作ることができます」という話をします。1日350円は、コーヒー1杯分くらいの節約です。外食をやめてお弁当にするとか、少し工夫すれば、日々の生活費から毎日350円を節約することはできると思います。1日350円で、1カ月に約1万円です。この1万円を毎月、米国株価指数に積立投資していけば、米国株価の平均リターンで計算すると50年間で約7500万円を作ることができます。そのような長期投資を是非、実行に移していただきたいのです。
――日本に投資が根付かない要因のひとつに、日本の株式市場が米国などと比較して見劣りする魅力のない市場だという点もあると感じます。日本の株式は、なぜ、米国株式と比べて活力がないのでしょう?
主要国の株式について、ROE(自己資本利益率)を横軸に、PBR(株価純資産倍率)を縦軸にしてプロットしていくと、「東証株価指数(TOPIX)」が一番低い位置にあって、「米国株式(S&P500)」が一番高いところにきます。分かりやすく言えば、ROEは学校のテストの点数で、PBRは学校の先生からの評価ということができます。「TOPIX」は、テストの点数がクラスの中で一番低いので、先生からの評価も自ずと低くなっています。これに対して、「S&P500(米国株式)」や「SENSEX指数(インド株式)」はテストの点数が高く、それだけ高い評価を得ることもできています。この日米株式の差は、「企業の稼ぐ力」の差です。
また、「TOPIX」は東証1部上場銘柄の全てが構成銘柄になっています。今般の東証再編で東証1部はなくなりましたが、米国の「S&P500」や「NASDAQ100」のように常時銘柄の入れ替えがあるような新陳代謝が働かないのです。指数構成銘柄に入れ替えがあれば、個々の企業は指数から外れることを避けたいので切磋琢磨します。「TOPIX」は東証1部に上場していれば良いのです。しかも、1部上場がゴールになってしまい、その後も成長し続けることへの動機づけが乏しいのです。
米国企業は逆算の経営をしています。20年後にこうありたいという姿があって、その間にどんな投資が必要かを考え、その投資に見合うキャッシュフローを稼ぎ出そうとします。アップルのフリーキャッシュフローは約11兆円もあります。マイクロソフトやアルファベット(グーグル)でも7〜8兆円程度です。日本企業(金融を除く)で、この水準のキャッシュフローを稼ぎ出せる企業はありません。キャッシュフローの差は、成長力の差に直結します。
次世代をになう「ユニコーン」(企業評価額が10億ドル以上の非上場ベンチャー企業)といわれる企業も米国と中国が2分している状況です。米国や中国は「ユニコーン」の候補が数百社あるのですが、日本は数社です。このような企業の層の厚さでも、日本と米国には大きな差があります。このような現実を考えると米国を投資先に選びたくなると思います。
ただ、このように成長魅力の乏しい日本企業の現状も、日本で投資が広がることで変わっていくと思います。個人投資家が日本企業の投資をしっかり支える力になり、企業の成長とともに豊かになっていく社会になれば良いのです。投資には2つの側面があります。1つは、自分の資産を増やすために行う投資ですが、違う側面では、投資によって投資先を応援し、イノベーションを促すという役割があります。脱炭素をはじめ、これから発展・成長していく分野は多くあります。投資によって、望ましい社会づくりに参画することもできるのです。そのような投資の魅力についても広く伝えていきたいと思います。
弊社が運用している「情報エレクトロニクスファンド」は、日本株式を投資対象にしていますが、過去10年で年20%程度の成長を実現しています。アクティブ運用の日本株式ファンドの中には、投資に値するファンドがあります。そのような成績優秀なファンドをキチンと選んで活用していくことだと思います。つみたてNISAやiDeCo(イデコ:個人型確定拠出年金)なども使って、長期投資のだいご味を知っていただきたいと思います。
――これからの活動では、どのようなことを目標にしていますか?
新型コロナのまん延で働く機会が減って収入も減ったところに、物価高が重なって、生活は一段と苦しくなったといわれますが、このコロナ禍の前と比較して現在までに2年間で国内の個人金融資産は約133兆円増えています。同じ期間に、投資の国である米国の個人金融資産は約3000兆円も増えています。
日本でのテレビや新聞などの報道は、現金だけで持っていることが前提になっていて大きな違和感があります。ガソリンが値上がりし、小麦も値上がりして大変だということしか言っていません。日本でもアメリカでも、物価は上がりましたが資産も増えているのです。投資をしている方が、より大きく増えました。資産の状況についても伝えて、バランスの良い見方をするようにした方が良いと思います。
日本に投資を根付かせることができれば、インフレに対する受け止め方も変わるでしょう。金融が日本社会を変えることができると思っています。これまで日本は、何とかやってこられたのは高度経済成長の時の貯えがあったからです。少子高齢化が進んでいけば、社会保障制度が維持できなくなるなど、どこかで崖を落ちるように日本社会が危機的な状況に陥る可能性があります。その危機を回避する手段が投資の普及だと考えています。山のように積み上がっている現預金の塊を、投資に振り替える運動を地道に続けていきたいと思います。
昨年から地域金融機関の方々と勉強会でお会いしていると、同じように、日本に投資を根付かせようと日々奮闘されている同志のような方々が少なくないと感じています。「投資の草の根活動」を全国的に広めていきたいと思っています。