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2022/05/19 18:18
NYダウが1000ドル以上下落するなど、米国ではリセッション(景気後退)懸念が市場の波乱要素の1つになっている。40年ぶりの高いインフレ率(物価上昇率)によって米国の利上げペースが速まり、かつ、ロシアによるウクライナ侵攻や中国のコロナ感染拡大の長期化のためにインフレが一段と高進するリスクも抱えている。今年1−3月のGDP成長率がマイナス成長に落ち込んだことで、2四半期連続でのマイナス成長(=リセッション)の可能性が云々されるが、米国経済はリセッションを回避できるのだろうか? 最新の米国経済・政治の状況について、ニッセイ基礎研究所経済研究部の主任研究員(米国経済担当)の窪谷浩氏(写真)が5月19日に開催されたメディア向け勉強会で解説した。窪谷氏は、「米国はリセッションを回避できるだろうが、成長率は鈍化し、2023年末には経済成長率が潜在成長率を下回る『グロースリセッション』といわれる状況になりかねない」という見方を示した。 窪谷氏は、日本のゴールデンウィークにあたる期間に米国の官公庁や国際機関、シンクタンクや現地金融機関やメディア等のエコノミストらとのミーティングを重ね、最新の米国経済の状況や進行する米中間選挙の現状について意見交換を行った。その際、米国の現地で最も高い関心を持たれていたのは、「米国はリセッションを回避できるのか?」という話題だったという。今年1−3月の成長率(季節調整済み、前期比年率)はマイナス1.4%と、2020年4月−6月期(マイナス31.2%)以来のマイナス成長に落ち込んだ。 米国の消費者物価指数(総合指数)は22年4月に前年同月比プラス8.3%と1982年1月以来40年ぶりの水準に押し上げている。さらに、世界の輸送コストや購買担当者景況指数などからNY連銀が推計している「世界サプライチェーン圧力指数」は21年12月をピークに低下しているものの過去と比べると異常な高水準が続いている。この圧力指数は、中国のゼロコロナ政策による上海ロックダウンなどの影響で再び上昇している。さらに、窪谷氏は住居費(家賃)が4月に前年同期比プラス5.1%と91年4月以来の水準に上昇したことに着目。「家賃価格は上がると下がりにくい。消費者物価指数の30%程度を占める重要な項目だけに、家賃の上昇によって消費者物価指数が下がりにくい状況が続きそうだ」と見通す。 一方、米国の雇用状況は「史上空前の人手不足」によって引き締まっている。非農業部門雇用者数の月間平均増加ペースは2021年が56.2万人増と1950年の統計開始以来最高を記録。22年も51.9万人増と非常に高いペースを維持している。転職者の時間当たり賃金は前年同期比プラス7.2%と非転職者を上回る賃金上昇になっており、米国では転職によってより良い処遇を得る「グレート・レジグネーション(大量離職)」時代を迎えたといわれている。 消費者物価指数は、22年3月の前年比プラス8.5%から、同4月に若干低下したことによって「消費者物価指数はピークアウトした」という見方が強い。今後は前年同月の数値が上昇する「ベース効果」も出てくることから、簡単には消費者物価指数が上昇しにくくなるとみられている。ただ、「空前の人手不足」を背景に幅広い業種で賃金の上昇が顕著となっており、「賃金と物価のスパイラル的なインフレ加速の可能性もある」として、FRBによる政策金利の引き上げは継続的に実行されるだろうと見通す。 同研究所による米国の政策金利見通しは、「22年は6月と7月に0.5%ずつ引き上げた後、9月から12月まで0.25%の引き上げを3回行い、年末には政策金利の上限は2.75%と中立金利水準まで上昇する」としている。経済に対して緩和的でもない引き締めでもない「中立金利」について、一般には2.0%〜3.0%程度とされるが、同研究所では2.75%と想定している。そして、「23年にも年前半に0.25%の引き上げを2回行い政策金利3.25%という中立金利を小幅に上回る水準に引き上げる」と予想している。「中立金利から0.5%程度の高い水準に政策金利を持っていくと、物価上昇圧力を相当抑圧する力になると考えられる」(窪谷氏)。 同研究所によるインフレ率(消費者物価指数)の見通しは、22年1−3月期にピークとなり、その後は徐々に低下。22年第4四半期には5.4%、23年第4四半期には2.4%程度にまで抑えられるとみる。そして、実質GDP成長率は、22年第2四半期にプラス1.9%とプラス圏に復帰し、第3四半期に2.1%、第4四半期に2.8%と緩やかに拡大するものの、2023年になると第1四半期が1.9%成長に減速し、第4四半期には1.3%成長という潜在成長率を下回る水準に低下すると見ている。 この2023年の低迷については、現在進行中の米国中間選挙においてバイデン大統領を擁する与党民主党が敗北し、上院下院ともに共和党に過半数を占められ、バイデン政権が政治的影響力を失うレームダック化することを見通した予測だ。 なお、5月18日の米国株価の大幅安の原因となった米国小売り大手の決算で1株当たり利益が事前予想を下回る結果になったことについて窪谷氏は、「サプライチェーン圧力や原材料価格の上昇などによるコストアップを製品価格に十分に転嫁することは米国企業においても難しく、企業の利益率が圧縮されることは事前に予測されたことで驚きはない。企業にとって厳しい環境は当面は継続しそうだ。ただ、米国企業は手厚いマージンを得てきており、当面はマージンを削られるような状況になっても赤字転落などの酷い決算にはなりそうにない」と見通していた。米国株価の先行きには厳しい見方をしているようだった。
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