2022/05/31 17:36
3月末から1923年以来となる8週連続安になっていたNYダウが、前週は1週間で1950ドル(6%超)を超える大幅な反発となった。3月に始まった米国の利上げが、40年ぶりという高いインフレ率を抑え込むため、従来に増して急ピッチで進む見通しとなり、それが米国景気を後退させかねないという懸念から、2カ月近くにわたって弱気相場が続いていたが、それに一応の歯止めがかかった格好だ。依然として、原油価格が1バレル=115ドル台という高値圏にあり、ウクライナ紛争の終結が見通せないため、いつ何時「リスクオフ」にならないとも限らないが、「金融緩和から金融引き締めへの大転換」に伴う動揺から、ひとまずの落ち着きを得た今、今後の投資環境を展望し、運用ポートフォリオのメンテナンスを行っておきたい。
「金融緩和から金融引き締めへの大転換」の意味を確認するため、「金融緩和」のきっかけになった2020年3月の「コロナショック」以降の主要市場の株価の変化を見てみた。米国の主要株価指数である「S&P500」などが底入れした2020年3月24日を起点として、米国と日本の株価指数に連動するインデックスファンドである「iFree日経225インデックス」、「eMAXIS Slim米国株式(S&P500)」、「ifreeNEXT NASDAQ100インデックス」、そして、中国のハイテク株に投資する「深セン・イノベーション株式ファンド」の分配金込み基準価額の推移を今年5月30日まで追いかけると、いずれのファンドも、米国の金融政策が利上げ(金融引き締め)の検討が始まった21年後半以降に株価のピークがある。
新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)によって、世界の主要都市で「ロックダウン(都市封鎖)」が実施され、移動の制限などが広範囲に行われたため、世界の経済が瞬時に窒息するようなショックに見舞われた。このショックを緩和するために、大規模な利下げと量的金融緩和が実施された。日米欧主要国の金利はゼロ%、または、マイナス金利に引き下げられ、主要な中央銀行は国債等を市場から買い上げることによって市場に大量の現金(マネー)を放出した。大量にばら撒かれたマネーは、下落していた株価に吸い寄せられ、3月下旬を株価の底にして世界的な株高が起こった。
3カ国の中で最も早くピークを付けたのは、日本の「日経225」だった。21年9月14日に底値から74%高の水準でピークを付けた。底値から2倍以上に上昇した米国株式インデックスや中国ハイテク株ファンドの上昇率と比べると大きく見劣りする。その後、米国が実際に利上げを実施した22年3月中旬にかけて株価は下落し、その下落率は18.97%になった。
中国のハイテク株に投資する「深セン・イノベーション株式ファンド」がピークを付けたのは21年11月24日。底値から114%高の水準に上昇した。その後、22年3月中旬までの下落率は、3カ国の中で最も大きかった。下落率は22年4月の安値までで37.85%に達した。この下落率の大きさは、中国では22年になって主要都市である深センや上海でロックダウンを再び実施したこと、また、米国の景気後退懸念は中国企業にとっても大きな痛手になることを感じさせる。ただ、中国株は、コロナショックの下落から、最も早く立ち上がったことにも注目される。21年2月には、米国ハイテク株を代表する「NASDAQ100」より早く上昇率100%超えを実現している。
そして、利上げ転換の震源地である米国の株価は22年1月になってピークを付けた。最も長期間にわたって上昇し、最も上昇率が大きかったのが米国株だった。「NASDAQ100」のピークは底値から146%高の水準だ。「日経225」の上昇率の約2倍になった。また、その後の下落は、3月中旬にかけて下落した後、一旦の戻りを挟んで4月〜5月に再度大きな下落に見舞われている。ピークからの下落率は「NASDAQ100」で21.54%に達した。一方、「S&P500」は、ピークが22年4月20日になった。これは、22年になって急速に進んだ円安・ドル高の影響も大きい。「S&P500」のピークからの下落率は13.39%に過ぎず、「コロナショック」後の上昇波がまだ続いているようにも見える。
さて、今後の見通しを考える上で、最も大きな変動要因となるのは、高止まりするインフレ(物価高)の影響だ。前週に米国株価が大きく上昇した理由には、米国で「インフレのピークアウト説」が台頭し、利上げへの過度な警戒感が緩んだことがあげられている。実際に、5月27日に発表された個人消費の物価動向を示す4月の「PCEデフレーター」は年率6.3%となり、3月の6.6%から低下。食品とエネルギーを除く「コアPCE(個人消費支出)デフレーター」も年率4.9%と3月の5.2%から伸び率が鈍化している。
米国は3月に0.25%の利上げを決定し、フェデラル・ファンドレート(FF金利)の誘導目標を0.25%〜0.50%に引き上げ、5月にはさらに0.5%の利上げを実施した。今後も、6月と7月の政策決定会合で0.5%ずつの利上げが確実視され、FF金利の誘導目標は7月には1.75%〜2.0%という水準に引き上げられる見通しだ。
米国の消費者物価指数(CPI)の伸び率(年率)は4月に8.3%と3月の8.5%から若干鈍化したとはいえ、FRBが目標とする2%台とはかけ離れている。したがって、年後半にも利上げは継続し、年末にはFF金利が2.75%程度にまで引き上げられる見通しだ。ただ、物価鎮静化の流れが明瞭になれば、7月以降の利上げペースは鈍化することも期待できる。急速な金融引き締めによって「株式市場がクラッシュ(暴落)する」という懸念は薄らぐことになる。
ただ、ゼロ%だった金利が1年で2.5%以上も引き上げられる影響は小さくない。米国の企業活動は鈍化するだろう。その結果、米国のGDP(国内生産)成長率は、市場コンセンサスとして21年の5.7%から、22年は2.8%に鈍化すると予想され、23年は2.1%と一段と低成長になる見通しだ。ユーロ圏も同様の見通しだが、こちらは、ロシアとのエネルギー交渉の行方次第で一段の下振れリスクがある。一方、エマージング(新興国)市場については、22年の成長率予想は3.3%、23年も3.3%となる見通しだ。中国が22年に4.7%成長から23年は5.1%成長へと持ち直す予想になっていることが、エマージング市場全体の成長率を底上げしている。
シュローダー・インベストメント・マネジメントは、このほど発表した「マクロ経済見通し 2022年4−6月期」において、22年の経済成長率見通しを引き下げ、23年の見通しも変更した。22年は、長引くウクライナ紛争の影響、また、上海で2カ月間に及んだロックダウンの影響が大きいとしている。中国の22年経済成長率は前回の4.6%を今回は3.5%に引き下げている。そして、先進国の経済成長率も22年は前回の3.4%から2.7%に引き下げ、新興国経済も4.2%成長の見通しを2.8%へと大幅に引き下げた。ただ、23年の見通しは、先進国が一段の減速を見込み、従来の2.3%成長を1.7%成長に下方修正したが、新興国については4.2%を4.3%に上方修正し、特に、中国は5.0%成長を5.5%成長にした。
シュローダー社の見通しは、米国の23年の経済成長率を1.5%という低水準に見通すなど米国に厳しい見方をしている。これと比較すると、中国は22年から23年に大きく回復するという見通しになっており、他の市場と比較すると楽しみな市場ということができる。中国株については、フランスの大手運用機関であるアムンディが強気に転じたというニュースも出ていた。
コロナショック以降の株式ファンドのパフォーマンスによって、「中国株」あるいは「エマージング株」については投資を見送ってきた投資家が少なくないだろう。中国には不動産大手の中国恒大グループの経営不安に見る「不動産バブル」への警戒感、また、アリババやテンセントなどハイテク大手に対する過度な規制など、ここ数年はネガティブな話題も少なくなかった。それだけ、株価の水準は米国株価などと比較すると大幅に安い水準にある。これまで2年以上にわたる大きな上昇によって米国株式を過大に保有している投資家が少なくないはずだ。向こう2年にわたって先進国経済に厳しい成長見通しがあることを考えれば、米国株式を運用の中心に据えた考えを継続するにしても、今後に向けて全体のバランスを見直すことも必要ではないだろうか。(グラフは日米中の株式ファンドのパフォーマンス推移)