前のページに戻る
2022/08/18 18:33
アジアの債券市場で、ESG(環境・社会・ガバナンス)とイスラム法に基づくスクーク(イスラム債)である「ESGイスラム債」の発行が急増しているという。アーンスト・アンド・ヤング・コンサルティングによると、ASEAN主要6カ国の「ESGイスラム債」の発行市場は、2016年〜2020年で年平均成長率が278%を記録し、2021年11月末現在で発行額が39億米ドル(約5270億円)に達し、同市場における債券発行額の56%を占めるに至ったという。イーストスプリング Al−Wara’Investments(マレーシア)のシニア・ファンドマネジャーのChow Kim Seng氏は、この急速に拡大する「ESGイスラム債」によって、「イスラム金融の中心的存在であるマレーシアの地位は、さらに高まる」と見通している。 イスラム金融というと、イスラム教と縁遠い感のある日本には関係がないように感じられるかもしれないが、過去の市場では、いわゆる「オイルマネー」が為替や株価を動かしたことがあった。この「オイルマネー」の一部がイスラム金融といえる。イスラムマネーの中心は中東と東南アジアにある。イスラム金融は、対象となる取引がシャリーア(イスラム法)に準拠していることが求められる。このため、(1)アルコールや豚肉の売買、賭博などイスラム法で許容されない取引を対象としない、(2)利子の要素がない、(3)契約内容や取引対象に不確実性の要素がない――など、独自の基準がある。イスラム金融の利用は、非イスラム教徒であっても可能だ。イスラム金融は、イスラム銀行、スクーク(イスラム債)、イスラム投資ファンド、タカーフル(イスラム保険)に分類され、その資金総額は2019年末に約2兆4000億ドル(約324兆円)の規模があり、その後2ケタ成長の期待があるという。 Seng氏は、「イスラム法とESGを組み合わせることで、幅広い市場インデックスや個別のESGインデックスよりも魅力的なパフォーマンスの実現が可能」とし、株式のみならず、債券においても通常のESG債より「ESGイスラム債」は、より良いパフォーマンスが期待できるとしている。これは、ESG投資においては「反道徳的な行為を禁じるイスラム法に適った投資を組み入れることで生み出すプラスの側面(アウトパフォーム)が確認できるため」だという。そして、「株式と債券の両方で、ESGのコンセプトとイスラム法の規定を投資に統合させた“シャリアESG投資”によって、投資家に定量面でのメリットを創出することが可能」という。 イスラム法(シャリア)の原則に沿って投資を行う「シャリア投資」とESG投資は、どちらも社会的責任投資を推進するものであり、双方の理念は互いに重なり合う部分がある。たとえば、イスラム金融の基準の1つである「契約内容の不確実性の排除」はESGのガバナンスの重要な要素だ。Seng氏は、「ESGの投資哲学は、イスラム法と相反する概念ではなく、より大きな善、社会正義、包括的な精神を取り入れるための微調整を加えた体系的なESGアプローチによって、イスラム法の原則に沿って投資を行う“シャリア投資”を補完するものと考えている」とシャリア投資とESG投資の関係性を解説している。 そして、マレーシアにおいては、マレーシア証券委員会(SC)と、マレーシア国立銀行(BNM)が持続可能な投資を後押しする役割を担っているという。SCは2014年に社会的責任のある投資と融資を促進するために、SRIなどのESGコンセプトとイスラム法規定を融合させたイスラム債発行のルールである「SRIスクーク(イスラム債)フレームワーク」を制定し、さらに、2018年に「SRIスクーク補助スキーム」を開始し、発行体がESGに準拠していることを第三者の専門家によるレビュー評価を得るために要した費用の最大90%を補助するようにしている。また、BNMは2021年に、金融機関が気候変動課題に関する目標を達成し、低炭素経済への移行を促進するために、経済活動を分類するためのガイドラインを導入した。このような国の政策として持続可能な投資を推進しているマレーシアは、今後、株式や債券の市場として一段と重要な役割を担うようになっていきそうだ。 世界中を一瞬にして覆った新型コロナウイルスや、世界各地から報告される異常気象の頻発など、私たちを取り巻く環境は、かつて経験したことのない危機に直面している。国連が提唱するSDGs(持続可能な開発目標)、そして、世界的なESG投資の潮流は、もはや誰も避けて通ることができなくなっているといえるだろう。アジアの中で、独自に持続的な投資を推進し、その関連資産を拡大・発展させているマレーシアに注目したい。マレーシアを拠点に運用を行っているSeng氏は、「私たちは、イスラム法の原則の中にそもそも本質的に組み込まれている“スチュワードシップ責任を果たすという哲学”を自社の投資活動の中でも順守しています。投資活動を通じてリターンを得る一方で、地球と次世代のより良い未来のために、その土台を築かなければならないと考えています」と、自らの投資姿勢を語っている。イーストスプリングが設定・運用するアジア関連のファンドにも注目していきたい。(写真は、マレーシアの首都クアラルンプール。イメージ写真提供:123RF)
ファンドニュース一覧はこちら>>