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2023/03/31 17:18
東京証券取引所が2023年1月に国内上場企業に対して「資本コストを意識した経営の推進など、中長期的な企業価値向上に向けた自律的な取組の動機付けとなる枠組みづくり」を打ち出した。特に、全上場企業の約半数が該当する「PBR(株価純資産倍率)1倍割れ」の企業に対してはPBR1倍以上を目指して企業自ら資本コストや株価を意識した経営へ移行することを求めた。一方、3月30日にGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が発表した「2022/23年 スチュワードシップ活動報告」では、投資家の立場として運用を委託している運用会社による企業への積極的な働きかけによって上場企業の価値向上を継続的に後押ししていく姿勢が強調されている。経済産業省は東証と共同で「サステナビリティ・トランスフォーメーション銘柄(SX銘柄)」を選定・表彰する事業を開始し、第1回の選定銘柄を今年7月にも公表する。まさに、官民をあげて全方位的にあらゆる角度から国内企業の価値向上を推進している。これは、2024年1月からスタートする「新NISA」を控えて、国民に「貯蓄から投資へ」の転換を勧めている政府の方針を支える意味合いも強いと考えられる。この大きな流れが、国内市場の底上げにつながるかどうか注目したい。 東証がPBR1倍割れの企業に対して価値向上の要請を出したのは、2022年4月に東証が市場区分を見直し、現在の「プライム」「スタンダード」「グロース」の3区分に変更するに際し、流動性、ガバナンス、経営・財務の面で上場維持のための基準を定めたものの、区分見直し実施当初は、プライム市場の上場維持基準を満たしていない企業でも基準を満たすための計画を提出した場合、プライム市場に移行できるという経過措置を設けていたためだ。経過措置によって、本来はプライム市場にふさわしくないと考える企業もプライム市場に残っているという状況が継続している。そこで、この経過措置が適用される期限を、区分見直しから3年までとするとともに、より明確な上場維持基準を示したといえる。プライム市場の上場基準は、経営成績・財政状態については「安定的かつ優れた収益基盤・財政状態を有する企業を選定する」としているだけで、具体的な数値基準については「純資産の額が正であること」ということのみが示されていた。「PBR1倍割れ」という基準が示されたことで、PBRが1倍を割れている企業は、資本コストや資本収益性を意識した経営改革を行うプレッシャーがかかると考えられる。 一方、GPIFが発表したスチュワードシップ活動報告では、株式のパッシブ運用を受託している運用会社に対し、日本株のエンゲージメント状況について、その重要性を強調していることが目に付く。GPIFは株式運用のうち約9割がパッシブ運用であり、「よって、市場全体の長期的な成長がリターン向上には欠かせないことから、パッシブ運用については長期的な観点から投資先企業の企業価値の向上や市場全体の持続的成長を促すためのエンゲージメント活動に取り組むことが重要」という考え方を示している。このため、スチュワードシップを重視したパッシブ運用である「エンゲージメント強化型パッシブ」ファンドとして、2018年にアセットマネジメントOne、フィデリティ投信の2ファンドを採用し、2021年秋に、三井住友トラスト・アセットマネジメント、りそなアセットマネジメントの2社を追加採用した。これら採用ファンドについては、GPIFは、「いずれも、エンゲージメントは順調に進んでおり、そのステージも課題着手、計画策定、施策実行や情報開示の改善など企業の具体的なアクションの段階に進んできている」と評価している。同時に、GPIFは指数を組成する会社とも対話を進め、指数会社のガバナンスについて厳しいチェックを行う姿勢を強調している。 GPIFに代表される国内の有力なアセットオーナー(資産を保有する機関)が、運用会社を介してとはいえ、投資家(=株主)の立場で企業に経営改革を迫るのは、企業にとっては大きなプレッシャーになると考えられる。しかも、経営改革に関する視点は、企業収益の向上・経営効率の改善ということだけにとどまらず、「E(環境)S(社会)G(ガバナンス)」要素を加味した広い範囲に及んでいる。これは、経産省が「SX銘柄」の選定・表彰を実施する流れとも合致する。このような多方面からの働きかけによって、上場企業の経営改革、あるいは、積極的な情報開示が進み、ひいては、日本株式市場の評価の見直しにつながることが期待される。米国株式市場に対して出遅れ、長年にわたって割安な株価で取引されてきた日本の株式市場が、いよいよ正当に評価される時が近づいているのかもしれない。もちろん、「正当な評価」のために、株価が下落する企業が現れることもあるだろう。運用会社にとっては、企業評価の精度が問われる局面といえる。(グラフは、「eMAXIS Slim」シリーズの「米国株式(S&P500)」「先進国株式インデックス」「新興国株式インデックス」「国内株式(TOPIX)」の過去3年間のトータルリターンの推移)
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