2023/04/28 18:03
年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は4月28日、「将来の産業構造の見通しについて〜3つのメガトレンド〜」と題したレポートを発表した。GPIFが2022年度に実施した「将来の産業構造の見通しに関する情報提供依頼」に寄せられた情報を整理分析し、言及の多かった3つのメガトレンド(「人口動態とライフスタイルの変化」、「気候変動・脱炭素への流れ」、「技術革新」)に焦点をあて、将来の産業構造や社会の展望をまとめたもの。GPIFは、「数世代にわたる長期投資家として年金積立金を安定的かつ効率的に運用していくために、長期的なリターンの源泉である資本市場の変化に目をこらし、産業構造・社会に変化をもたらすドライバーについてモニタリングしていくことが今後とも重要」としており、「つみたてNISA」等を使って長期の資産形成を目指している個人投資家もGPIFの姿勢を参考としたい。
GPIFは、2022年12月末時点で約189.9兆円を運用する世界でも最大規模の機関投資家だ。厚生労働省による2019年の財政検証結果によれば、「概ね今後50年間は本格的に取り崩す必要がない資金」となっている。したがって、「産業動向、金融市場、規制動向、政治動向など市場に影響を及ぼし得る様々なマクロ・ミクロ的な視点、今後の中長期的な事柄に関する動向・見通しについて、法人として知見を深めることは大変重要」とし、様々な機会を通じて情報を求めている。今回のレポートのもとになった情報提供依頼には、インベスコ・アセット・マネジメント、キャピタル・インターナショナル、モルガン・スタンレー・インベストメント・マネジメント、りそなアセットマネジメントなど運用会社や、みずほ銀行、野村證券などの金融機関、三井住友トラスト基礎研究所、デロイト トーマツ グループなど研究所・コンサルタント会社などから情報が寄せられた。
3つのメガトレンドのうち、「人口動態とライフスタイルの変化」が産業構造に及ぼす影響については、国際連合の人口推計によれば、世界の人口は今後も増加傾向にあり、2023年に約80.45億人の世界人口は、2060年には約100億人になることが見込まれている。ただし、日本は世界に先んじて少子高齢化社会に突入しており、欧州や中国は人口減少に向かうことが予想されている。半面、東南アジアやアフリカの人口は増加傾向にあり、特に、アフリカは2070年にかけて人口が2倍以上に伸びることが予想されている。そのアフリカでも女性の合計特殊出生率が低下基調に入っており、15年後に生産年齢人口の増加ペースが減速し始める可能性がある。
このような人工動態の見通しを基に、世界の国々の経済成長を俯瞰してみると、中長期的には、日本、中国や米国・ユーロ圏が低位安定的に成長していく一方、インドやアフリカの経済成長率が世界平均と比べて高くなる見込み。また、主要国における2050年のGDP(購買力平価ベース)は、OECD見通しによれば、インドネシアが日本を抜き、トルコ、ブラジル、メキシコが日本や英国と比肩する見通し。さらに、2060年の世界のGDPに占める日本の割合は2.7%と現在の5.0%から、およそ半減する見込みになっている。今の日本のように世界経済の5%以上を占める国を経済大国とするならば、2060年における経済大国は、アメリカ、中国、インド、インドネシアの4カ国となる見通しであるとまとめている。
次に、「気候変動・脱炭素への流れ」が産業構造に及ぼす影響について、カーボン・ニュートラルに向けての技術開発は3段階に分類され、第1段階が「ロー・エミッション技術」といわれるもので、電気自動車のように排出量を減らしていく技術。第2段階が「ネットゼロ・エミッション技術」と呼ばれ、洋上風力発電、地熱発電のように排出量をゼロにする技術。そして、第3段階が「ネガティブ・エミッション技術」といわれるもので、吸収型コンクリート、微生物によるCO2(二酸化炭素)のリサイクルなどカーボンを吸収していく技術だ。第1段階にある現在は、自動車の製造工程ではグリーンファクトリーが掲げられ全電力を再生可能エネルギーで賄う取り組みが始まり、工場の屋根に太陽光発電を取り付ける動きも本格化している。第2、第3段階の洋上風力発電やCO2の回収・貯蔵に関する技術は2050年までの実用化を視野に入発が進められている。排気ガスからCO2を分離・回収する技術では日本の重工業が世界シェアの7割を占有しているとされるが、大気中から直接回収するDAC(Direct Air Capture)法では欧米のスタートアップ企業が先行しているといわれている。
そして、「技術革新」が産業構造に及ぼす影響については、グリーン・トランスフォーメーション(GX)とデジタル・トランスフォーメーション(DX)が2本の柱とする。また、今後発展が期待される先端技術として「カーボン・リサイクル(CO2の吸収)」、「量子計算」、「メタバース」、「ドローン」、「マイコテック」を取り上げた。
GPIFは、「数世代にわたる超長期投資家として年金積立金を安定的かつ効率的に運用していくために、長期的なリターンの源泉である資本市場の変化に目をこらし、産業構造・社会に変化をもたらすドライバーについてモニタリングしていくことが今後とも重要」と記し、今後も継続的に考察を重ねていくとしている。
このようにGPIFがまとめた将来展望が、そのまま未来を言い当てていると考えるのは早計だ。GPIFも、決して、将来予測を意図していない。今回のレポートも、現実の市場と向き合っている運用会社や機関投資家が、今の社会をどのように捉え、当面の注目ポイントをどこに置いているのかを「確認」することを重視している。超長期の投資家として重要なことは、「意図していないリスクを取っていないか(取っているリスクを理解しているか)」ということの確認だ。社会構造の変化は、資産運用にとって重要なリスクといえる。社会構造を変革するほどの技術革新についても、その技術の及ぶ範囲などについて最新の知見を常にチェックする姿勢が大事だ。予想や見通しは、常に変化する。1つの技術も使い方の変化や他の技術との融合によって、その性格を大きく変化させることがある。確信を持って投資したことも、状況が変化すれば、現実に合わせて修正することも必要になる。超長期で投資することを考えれば、運用資産の内容を現実に合わせて変化させていくことは、当たり前のことといえるだろう。
世の中には「ほったらかし投資」という言葉がある。特に、つみたて投資の場合などに、「最強の投資商品といえる米国S&P500に連動するインデックスファンドを、毎月1万円ずつ購入するよう積立投資契約をして、その後は、お金を途切れることなく追加していくだけで、運用成績など一切見ることなく放っておくくらいの方が資産が残る」と説く。確かに、過去数十年の運用成績をみれば、米国S&P500のパフォーマンスは素晴らしく、放っておいた方が良かったということもいえるかもしれない。しかし、これから30年、40年後も米国が世界のリーダーとして君臨しているといえるだろうか? 米国だけに賭けてよいのだろうかということは、常に自問自答しておきたい。そして、インドやインドネシアも投資対象に加えた方が良いと感じれば、それに必要な手続きをした方が良い。「ほったらかし投資」で20年、30年は難しいと言わざるを得ない。超長期投資家であるGPIFは、運用が仕事とはいえ、非常にきめ細かな現状確認と修正作業を継続的に行い続けている。このようなGPIFの姿勢に学びたい。(図版は、GPIFの運用収益の推移)