2023/05/02 16:36
2024年1月にスタートする「新NISA」は、収益非課税の投資枠が1人あたり1800万円に拡大されるが、残念ながら、投資できる金融商品に制限が課せられている。特に、非課税投資枠をフル活用が可能な「つみたて投資枠」で投資できる商品は、現在の「つみたてNISA」の商品に限定され、その数は、公募投資信託で227本(4月27日現在)という限られた商品だ。中でも、「指定インデックス投資信託」といわれる192本が、新NISAでも主に利用される投資信託になってくると考えられる。改めて、「指定インデックス投資信託」に採用されている投資信託について研究しておきたい。第3部は、今後の低コスト・インデックスファンド市場を展望してみた。(3回シリーズの3)
◆もはや存続が難しい水準の信託報酬率
2023年4月に全世界株式を投資対象としたインデックスファンドで信託報酬率が年0.05775%(税込み)という水準のファンドが登場した。ファンドの運用や流通にかかわる運用会社・販売会社・信託銀行のそれぞれの取り分は年0.01925%(税抜きで0.0175%)だ。ファンドの残高が100億円に達したとして、1年で得られる収益はそれぞれ175万円に過ぎない。最初から1000億円以上の残高が得られないと、管理・運用は難しいと考えられる水準のコストになっている。最初から残高1000億円以上というような大きな金額を前提としているかのようなファンドの設計は、運用会社も販売会社も非常に困難なことだったろうと想像できる。これは、信託報酬率が年0.1%を割り込んでいるファンドにもいえることだ。
しかし、ネット専用販売のインデックスファンド、ノーロードで「つみたてNISA」の対象ファンドになるようなインデックスファンドの手数料率は、「限界を超えてまで低くする必要がある」と考えられている。そう考えざるを得ないようにさせられてしまっている。それは、「つみたてNISA」に採用されるファンドは、「国内インデックスファンドの信託報酬率の上限は年0.5%」と制度が決めてしまっているからだ。「上限が年0.5%」とアナウンスされると、競争する会社の間では、年0.5%以下の水準を競い合うような競争が当然のように生まれる。
その結果として、「S&P500」に連動するインデックスファンドでは、つみたてNISA対象インデックスファンドの6本が信託報酬率で年0.1%を下回る水準になっている。「つみたてNISA」という制度がなければ、古くからあるファンドが採用していた年0.495%程度の信託報酬率で、運用会社や販売会社は年0.2%程度の報酬を得られたはず。それが、現実には、信託報酬率が年0,09372%になってしまって、運用会社や販売会社が得られる報酬は0.0325%程度に圧縮されてしまった。本来は得られるはずであった報酬の6分の1以下の水準だ。
これほど報酬が低くなると、運用会社や販売会社から、投資家に対する付加価値のあるサービスはできなくなってしまうことは容易に想像がつく。販売会社は、オンライン販売に徹して、運用会社が用意するWebコンテンツを公式ホームページに載せておくだけで精一杯になるだろう。運用会社は、ファンドの運用状況の説明や投資環境の解説などをきめ細かくやりたくても、先立つものがないため、頻繁にはできないし、1つ1つのコンテンツもリッチな内容のものは作り得ない。
「信託報酬は低ければ、低いほど、投資家が本来得られる収益から控除されるコストが小さくなるから、投資家にとってハッピー」という声が声高に語られて、超低コストのインデックスファンドの隆盛を正当化させることがある。本当に、年0.1%を下回る信託報酬率で提供されるファンドを使っていて、投資家はハッピーだろうか? もちろん、既存の投資家で年0.4%などの手数料を支払っていたものが、0.1%になればハッピーだろう。しかし、これまで預貯金だけで資産形成をしてきた人にとってはどうだろう? わざわざ銀行や証券会社の投資信託のオンライン販売コーナーを覗きに行って、そこにペタペタと貼ってある販売用資料のPDFを開いて、内容を読み解いて、口座開設をして、資金を振り込んで購入手続きをするという手間をかけるだろうか?
新しい投資家が増えないようなマーケットで、限られた顧客から得られる収益を削り取るだけのような「低コスト競争」が、このまま続いて、投信市場は大きく成長することができるのだろうか?
◆「eMAXIS Slim」シリーズの三菱UFJ国際投信の声
「業界最低水準の手数料率をめざす」と明言し、有言実行することによって「ノーロード・低コストのインデックスファンドシリーズ」として「eMAXIS Slim」のブランド価値を確立することに成功した三菱UFJ国際投信が2023年4月17日に「世界のファンド手数料〜新NISAを前にインデックスファンドの低コスト競争再燃!」と題したレポートを発行した。そのレポートで伝えていることは、日本の「ノーロード・低コスト」のインデックスファンドの信託報酬率は、世界の国々の投資信託(ファンド)と比較すると、かなり低いということだ。
たとえば、米国では近年ミューチュアルファンドのノーロード比率が急速に高まっているが、これは、「証券会社やアドバイザーがアドバイザリー・フィーを別途課するアンバンドリングが進行しているため」と解説する。そして、米国で販売されている「S&P500」連動インデックスファンドの単純平均の経費率(運用コスト)は0.43%となり、これは、つみたてNISA対象の「S&P500」インデックスファンドの信託報酬率の単純平均0.205%の2倍超の水準になっている。
そして、同じレポートで米モーニングスターが2022年3月30日にまとめた世界各国のファンド市場の「手数料と費用」というレポートで述べていることを引用して伝えている。すなわち、「英国、米国、オーストラリア、オランダ以外は、投資家がファイナンシャル・アドバイスに対する報酬を直接支払うことはまれで、日本やイタリア、カナダなどファイナンシャル・アドバイスに対する報酬を直接支払わないことが一般的な国は評価を下げる(手数料や費用の水準が高い)要因となる。逆に、オーストラリア、オランダ、米国が『上位(手数料や費用の水準が低い)』の評価を獲得したのは販売やアドバイスに関わる費用を運用管理費用(信託報酬)から切り離すことが一般化している為である」と。
◆2024年1月スタートの「新NISA」を資産運用のきっかけにするために
「eMAXIS Slim」シリーズのような、ネット(オンライン)専用のノーロード・低コストのファンドは、国際的にはフィナンシャル・アドバイスの費用を含まない、アンバンドリングされた金融商品という位置づけになるということだろう。それほどまでの低コストを、国民が広く使うことが期待される「NISA」の制度の中に取り入れてしまっているところに、日本の制度の問題があるといえそうだ。多くの国民の中には、ファイナンシャル・アドバイスを必要とする人が少なくない。「つみたてNISAを使うのなら、ファイナンシャル・アドバイスなど期待せずに自助努力で運用判断しなさい」と切り捨てることはできないはずなのだ。「つみたてNISA」などの制度が導入されても、国民の有価証券運用(リスクを取った資産運用)が伸びないという現実の裏側にあるのは、このような制度が持っている「問題」が原因なのかもしれない。
いずれにしても、2024年1月には「新NISA」が始まる。「新NISA」のメインに位置付けられる「つみたて投資枠」の投資対象商品は、「つみたてNISA」の対象商品になっている。その中心は、低コストのインデックスファンドだ。そもそも投資信託を使ったことがない人に、ホームページにある資料を勝手に開いて自分で調べて買うように言っても実行できるはずがない。何らかのファイナンシャル・アドバイスは必須といえる。同じように「つみたてNISA」に採用されたインデックスファンドの中でも0.4%を超える信託報酬のファンドがあるように、「オンライン専用」と「対面アドバイス」で取扱商品を変える(異なる信託報酬のファンドをラインナップする)などの工夫をして、ファイナンシャル・アドバイスを必要とする人たちにも広く「新NISA」を使ってもらえるような取り組みが求められるといえるだろう。(おわり)(イメージ写真提供:123RF)