2023/05/17 18:21
社会保障審議会企業年金・個人年金部会は5月17日、私的年金(企業年金・個人年金)の制度改正に関する会議を開催した。今年4月12日に再開した企業年金・個人年金部会では、年金制度への拠出限度額や加入可能年齢の引き上げや制度加入の簡素化、また、制度の利用促進策などが議題となり、現在は、関係者からの意見聴取が進んでいる。17日は、企業年金連合会、企業年金連絡協議会、国民年金基金連合会が出席し、制度改定に関する意見を述べた。今回の議論を通じて、加入可能年齢の70歳への引き上げや拠出限度額の引き上げなど、「資産所得倍増プラン」で示された方針に沿った私的年金制度の制度拡充が進む見通しだ。そうなると、2024年からスタートする「新NISA」は、「年金以外の比較的短い期間の資金準備のための制度」という使い方が意識されるようになるだろう。「低コストのインデックスファンドを長期で積み立てればよい」という乱暴な使い方指南は通用しなくなり、リスク管理について今まで以上に重要視されるようになりそうだ。
現状の企業年金・個人年金制度の加入者数は、企業が従業員のために実施する制度として「確定給付型(将来の給付額を保証している制度)」で『厚生年金基金』が加入者12万人、『確定給付企業年金(DB)』で930万人。そして、「確定拠出型(本人の運用指図で給付額が決定)」で『確定拠出年金(企業型DC)」の加入者が782万人。さらに、個人で自ら進んで加入する制度として「確定給付型」の『国民年金基金』が34万人、「確定拠出型」の『iDeCo(個人型確定拠出年金)』が239万人という状況だ。単純合計の加入者総数は1997万人。制度加入対象者の6729万人の約30%に過ぎない。DBや企業型DCに加入している人がiDeCoに重複加入しているケースも多く、実際の私的年金制度の利用率は30%を大きく下回ることになる。
日本の年金制度は3階建ての構造になっていて、全ての国民が加入する「国民年金(基礎年金)」の1階部分、そして、民間の会社員や公務員が加入する「厚生年金」が2階部分となり、この2階部分までを「公的年金」と呼ぶ。さらに、企業や個人が任意で加入する「私的年金」の部分が3階に相当し、ここに「DB」や「iDeCo」などの企業年金・個人年金がある。国の基本方針としては、「1・2階部分の公的年金が老後生活の基本を支え、3階部分で老後の多様な希望・ニーズに対応する」というものだが、国民の一般的な感覚としては、「公的年金では老後の生活は賄えないので自助努力が必要」というものだ。実際に、現在の公的年金の給付水準は、「モデル年金(夫婦の基礎年金+報酬比例年金)で1・2階を合わせて現役期の手取り収入の50%を確保」というもの。手取りで月収が30万円だった夫婦の場合、公的年金で受け取れる最大の年金は15万円ということになる。子育ての費用がなくなったとはいえ、住居費と光熱費を考えると月15万円の年金で暮らしていけるか疑問だ。
このように公的年金だけでは、老後の生活がままならないと考えるのであれば、本来は老後に備えた準備を積極的に進めるべきだが、現実には「私的年金」の利用率は国民の30%にも満たないということになっている。もちろん、私的年金はつかっていなくても「つみたてNISA」を使って老後の準備をしているという人もいるだろう。しかし、「つみたてNISA」をはじめとしたNISAの資金は、いつでも換金可能な資金だ。「老後のため」という当初の目的とは離れて、予想外の出費が必要になった時に取り崩して使ってしまうということは十分に考えられる。年金資金の拡充という目的のためであれば、60歳までは引き出すことができない「iDeCo」などの制度を使った方が確実だ。
企業年金・個人年金部会では、利用が進んでいない私的年金の利用促進を図るべき、制度改定の議論が進んでいる。よりシンプルで、拠出限度額も引き上げられた制度になると、老後資金のための私的年金の活用は、今以上に活発になっていくと考えられる。
一方、「年金は私的年金で」という考え方が一般化してくると、「新NISA」の使い方は、より短い資金目的のために使うということになってくるのではないだろうか。運用期間が5年、10年など、比較的短い期間になると、その投資対象商品をしっかり選定することが必要になる。現在のつみたて投資の対象商品として言及されがちなのは、株式のインデックスファンドだ。「S&P500、または、全世界株式(オール・カントリー)を選んで、毎月一定金額をつみたて投資契約をして、そのまま放置すること」が最良の投資手段であるというような論調の投資指南がまかり通っている。
しかし、株式100%の投資では、投資期間が5年間程度の短い期間になれば、たとえ、時間分散投資の効果が得られるつみたて投資であっても、最終の収益がマイナスになることがある。たとえば、5月17日に1年8カ月ぶりに3万円の大台を回復した日経平均株価は、3万円の水準で投資していた場合、1年8カ月の間はマイナス収益だったことになる。もちろん、つみたて投資であれば、もっと早いタイミングで評価損益がプラス転換しているが、「リーマン・ショック」にような大幅な下落相場になってしまうと、つみたて投資でも評価損益が元本を回復するまでに5年以上の長期の期間が必要ということもある。5年、10年という比較的短い期間で投資収益を求めるのであれば、株式100%投資という2ケタ台の大きなリスクを取る投資商品ではなく、バランス型や債券ファンドのように1ケタ台にリスクを抑えた投資商品の方が望ましい。リスクを抑えれば期待リターンも小さくなるのだが、マイナス成果になるようなことを避けるための判断ということになる。
このように考えてくると、「新NISA」の誕生に合わせて、私的年金制度も拡充されることになれば、国民の投資に対する理解は、今よりも一段と向上することが求められるようになる。「新NISA」では比較的リスクを抑えた投資商品を選び、私的年金制度ではリスクの比較的高い商品をつみたて投資することによって長期の投資収益の上積みをめざすということだろう。このような制度に合わせた投資商品の選定などということは、個人の判断だけでは徹底することが難しいように感じられる。企業年金・個人年金部会では、制度の拡充に合わせて、独立系のアドバイザーの活用についても議題の1つになっている。ここでは「独立系」として、現在の銀行や証券会社に代わる制度の担い手を育成することの必要性が強調されているが、現実的には、既存のリスク商品の販売を担っている銀行や証券会社の販売網を有効活用することの方が高い効果を得られだろう。改めて「投信窓販」の担い手である窓口販売の担当者の投資アドバイスへの期待が高まっているといえるのではないだろうか。(イメージ写真提供:123RF)