2023/06/21 19:00
長期の目線で市場環境を分析している投資家の間では、「2020年代は1970年代に似ている」という考え方があるようだ。2020年に入って新型コロナウイルス危機とロシア・ウクライナ戦争によって押し上げられたインフレ(物価上昇)と、インフレの鎮静化のための金融引締めが、経済の先行きの不透明感になっている。1970年代にはオイルショックがあって、日本ではトイレットペーパーがなくなると大騒ぎになった。そして、急激なインフレによって世界経済が疲弊し、株価も急落することになる。2022年に下落した株価は、23年になって持ち直しているが、現在が1970年代のようになるのであれば、この株高は長く続かないということになる。ちょうど、6月20日にアムンディ・インスティチュートが「2020s vs 1970s:echoes,not a replay」というレポートを出した。このレポートを参考に、当面の市場にどう対処すべきなのか考えてみたい。
アムンディは、レポートで「新型コロナウイルスが始まる前から2020年代は1970年代と似たものになると信じ、ここ数年に起こった出来事によって、この確信を強めた」としている。そして、「インフレと成長の綱引きに巻き込まれる可能性が高く、エネルギー転換やネットゼロへの道などの今後の課題解決に向けた先進国の一部の圧力により、成長とインフレに関して世界的なサイクルのボラティリティが高くなることが予想される」と今後の市場を見通している。その上で、そのような環境変化から資産を守っていくためには、「資産クラスの多様化、より地域的な多様化、および、動的な資産配分の枠組みを取り入れる必要性がある」としている。
1970年代は、長期にわたる金融、および、財政の放蕩行為(1960年代のベトナム戦争、リンドン・ジョンソン大統領の『偉大な社会』を掲げた貧困撲滅運動、または、戦後復興への資金提供に対処するための一連の政策)からの転換が遅れた結果、10年間の不安定で、時には非常に高いインフレ(1974年後半にインフレ率12%強と1980年初頭に同14%強の2回のスパイク)に見舞われ、金融政策の枠組みの完全な見直しと超高金利という代償を払って、インフレを鎮圧することになった。1974年には米FF金利は10.51%、1981年には16.39%という高金利に引き上げられた。82年には米国の失業率は9.7%に達している。その後、財政赤字と経常赤字の双子の赤字が拡大し、米ドルの危機がいわれたことから、もはや米国の覇権は終わったとする『大国の興亡』(ポール・ケネディ著)がベストセラーになった。
当時の株価を振り返ると、S&P500は、1972年までは上昇していたものの、73年にマイナス17.4%、そして、74年にはマイナス29.7%と2年連続で2ケタのマイナスを記録。75年に31.5%上昇、76年も19.1%上昇したものの、77年には再びマイナス11.5%と2ケタマイナスを記録し、「何を買っても儲からない」と投資家を嘆かせた。そして、1973年1月に付けたNYダウの高値は、1982年まで更新されることはなかった。米国の「失われた10年」といえるような状況だった。この70年代に入る前は「ニフティ・フィフティ(Nifty Fifty:いかした50銘柄)」と呼ばれる、ごく一握りのグロース株が大幅に上昇し、市場をけん引していただけに、多くのグロース株が急落した70年代は、非常に重苦しい市場として記憶されている。
この「ニフティ・フィフティ」の株高と、2020年〜21年の「GAFAM(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン、マイクロソフト)」の市場けん引は、よく似ているといわれてきた。そして、インフレの高進を抑えるため2022年3月から始まった米国の利上げは、グロース株の失速につながった。2022年のS&P500の下落率は19.44%に達し、1973年の下落率を上回った。ただ、2023年は6月16日までに14.85%の上昇と、2年連続の2ケタマイナスにはならないような動きになっている。また、米国の雇用は好調で、インフレ率も4%程度に抑えられ、1970年代とは比較にならないほど、経済はしっかりしている。
現在の経済の状況を踏まえてアムンディのレポートでも、「2つの期間には多くの類似点があるにもかかわらず、経済的影響の点で今回の最終結果が異なる可能性がある理由は、いくつかの決定的な違いによって説明できる」としている。
「第一に、インフレ率は、少なくともこれまでのところ、主に中央銀行の断固たる行動と第二次影響への警戒のおかげで、1970年代初頭ほど高くはない。2ケタのインフレは依然として稀であり、特に米国では回避され、ユーロ圏やその他の国ではごく短期間しか経験されなかった」と指摘する。また、インフレに対する中央銀行の反応は、「過去の教訓のおかげで、中央銀行が当時ほど急速に利下げする可能性は低く、経済状況が耐えられる限りタカ派の立場を維持するつもりのようだ」として、長期インフレ見通しも落ち着いていて中央銀行への信頼は確保されているという点も評価すべきだとしている。そして、「労働市場に関しては、賃金上昇率がまだインフレ率を下回っている(つまり、実質賃金が上昇していない)ため、価格と賃金のフィードバックループの結論は時期尚早」とする。
これらの要因を考慮した結果、「1970年代のような二度のインフレの急伸は起こりそうにない」という見通しを示している。ただ、「1970年代後半の2回目のインフレ急騰は、第2次オイルショック (1979年のイラン革命後) によって加速された。今後数四半期、または、数年間に、地政学的に引き起こされる再び大きなエネルギー供給ショックが発生する可能性は排除できず、注意が必要なリスクになる」とくぎを刺す。そして、「グローバリゼーションの後退と、その予想される結果としてのインフレはほぼ確実にある」として、インフレ率を抑え込むことは簡単ではないとしている。
さらに、「インフレの規模や期間の点で1970年代ほど持続的ではないと予想できるとしても、金融のボラティリティをさらに高める可能性があることにも留意する必要がある。これは主に、公共部門、または、民間部門(家計および企業)のレバレッジが1970年代よりもはるかに高くなったことによるものだ。まず、債務水準が高いということは、政府が経済的ショックに対応する方法がより制約されることを意味する。 その場合、債務に関連した公的または民間の金融事故が、過去18カ月間の金利上昇の遅れた影響である可能性を排除することはできない」と警戒を呼び掛ける。
アムンディは、「重要なことは、投資家は、成長とインフレのより高いボラティリティを捉え、さまざまな制度に合わせて資産配分の決定を適応できる投資フレームワークを必要とする」という。経済環境や市場の変化に常に神経をとがらせて、必要に応じて資産配分や投資先の変更を柔軟に行う必要があるというのだ。さらに、株式と債券の連動性が高まり、株式に債券を組み合わせるだけでは、十分な分散投資効果が得られるとは言い難くなっている市場の変化についても指摘し、金や原油などの実物資産への分散投資の重要性が高まっているという。さらに、新興国市場への分散投資も重要とし、「過去数十年と同じリターンを達成するには、投資家は実物資産、オルタナティブ資産、新興国資産を含めるべき」と結論している。(イメージ写真提供:123RF)