2023/09/21 15:21
株式アクティブ運用を行う投信運用会社は、株式市場から優れた企業を選定するだけでなく、株価が割安に放置されている優れた企業に積極的に働きかけて「対話」をすることで、その企業が実力を発揮できるように促すこともできる。9月19日に新規設定された「フィデリティ・日本バリューアップ・ファンド」は、フィデリティ投信が1969年に日本に調査拠点を設置してから50年以上にわたって続けてきた企業調査と、それに伴う企業との対話の実績を活かして、対話によって企業の本来の価値を引き出すことをめざすファンドだ。フィデリティ投信のシニア・プロダクト・スペシャリストの早藤寛記氏(写真:左)とアシスタント・プロダクト・スペシャリストの高橋良輔氏(写真:右)に、同ファンド設定の狙いと運用の特徴について聞いた。
――新ファンド「フィデリティ・日本バリューアップ・ファンド」設定の狙いは?
早藤 国内株式の最大の投資機会を捉えたいと考えました。まず、東京証券取引所が今年3月に、PBR(株価純資産倍率)1倍割れの企業などを念頭に、企業価値向上に向けた改善策を実施するように要請しました。東証は8月にもフォローアップの報告書を出すなど、この課題に真摯に向き合っています。岸田政権が推し進める国民の「資産所得倍増計画」にあっても、投資対象である株式の魅力向上は大きな意義があることでもあり、この動きに企業も応えざるを得ないというのが実情です。
実際に東証の要請がメディア等で取り上げられてから、当社のエンゲージメント(投資先企業との建設的対話<以下、対話>)を担当するチームに、企業の方から企業価値向上に関するミーティングの要請が来るようになりました。当社では以前より、本来の企業価値を市場が十分に評価していない(株価が割安に放置されている)企業=「もったいない企業」に対して、どのような取り組みをすれば、その企業価値を正当に評価されるようになるかという視点からの提案や提言を行ってきました。対話においては企業から助言を求められることも多いのですが、東証の要請以降は変化の機運が高まってきていると思います。日本企業は米国と比較して総資産に占める現金の比率が25%と高く(米国は11%)、その現金を設備投資や人材獲得に使うことで、企業が変化する余地も大きいといえます。
また、日本株を取り巻く環境が好転しています。長らく続いたデフレ(物価下落)の時代を脱し、生活実感としてもインフレ(物価上昇)が意識されています。インフレで金利も底離れしそうになり、人手不足から賃金の上昇も始まりました。物価、金利、賃金が揃って上がるような環境は、株価にとっては追い風です。さらに、外国人投資家はこれまで日本株をアンダーウエイトしてきましたが、日本企業の変化に向けた動きを手掛かりに、日本株式市場に注目しています。ソブリン・ウエルス・ファンドや年金基金など、長期の投資家から日本株投資について相談を受けるケースが増えているのは事実です。
2023年上半期で外国人投資家の日本株買いは約4.6兆円(現物のみ)の買い越しですが、過去10年間の累積ベースでは依然として2兆円の売り越しです。アベノミクス(2012年11月以降)の際には、外国人投資家は20兆円を超える買い越しを記録したこともあり、これからが外国人投資家の買いは本格化するものと期待されます。アジアの中で、中国経済の成長鈍化が懸念されていますから、中国に代わる投資先として日本への関心が高まっていることも日本の株式市場には追い風です。
加えて、株価の水準も米国株のPER(株価収益率)が約20倍のところ、日本株は14.5倍で依然として割安感があります。日米企業のEPS(1株当たり利益)の成長率は、2024年にかけて日本企業の方が米国企業よりも高い利益成長率が見込まれます。さらに、近年の円安・ドル高によって、ドル建てでみた日本株は、一段と割安な水準にあり、投資妙味が高まっています。
このように、現在の日本株に注目される要素が揃っています。大きな変化が期待できる日本株に対し、新ファンドは、その変化を後押しするような対話の力を活かした運用を行います。「対話」を前面に打ち出したファンドは、これまでにフィデリティの商品で例がありませんが、まさに、現在の市場にマッチした商品だと思います。
――フィデリティの「対話」の特徴は?
早藤 フィデリティは、企業の競争力や成長性を高めるため、企業の経営者の気づきを促すような対話を長年にわたって続けています。今でこそ、機関投資家のエンゲージメント(建設的対話)は、大きなトレンドになっていますが、フィデリティは1969年に東京に調査拠点を置いた時から、グローバルな調査情報を連携した情報を使って企業の競争力や成長性にプラスになる提案を行うような「対話」に力を入れてきました。現在、年に3000件の日本企業との面談を行っています。
対話の切り口は3つあります。「成長力」、「資本効率」、「規律ある経営」です。資本効率については、自社株買いの実施や増配などの提案はよくありますが、フィデリティではグローバルで見た成功事例などを引き合いに、製品値上げの提案や新しい販売先の提案など成長力やROE(自己資本利益率)を高めるための様々な事例を提供できる強みがあります。フィデリティでは、企業との対話やESG(環境・社会・ガバナンス)に特化したチームがグローバルで40名ほどいます。このチームが、海外の先端事例も含めて各業界の成功事例に精通しています。
そして、独立系・非上場であることから、系列等にとらわれることなく客観的な提案ができるということも、フィデリティの提案が企業から評価が高いポイントかもしれません。
高橋 対話の具体的な事例として、たとえば、国内の自動車部品メーカーで北米向けにEV(電気自動車)の部品を提供していて売り上げを伸ばしている企業がありました。この企業は、その部品が従来製品比で約50%軽量化したことが評価されたポイントだと思っていたのですが、フィデリティの北米チームのアナリストがEVメーカーに聞き取ったところ、軽量化だけでなく、ESGの環境に配慮した素材を使っていることが採用の決め手だったということでした。この報告には、欧州の調査チームが直ちに反応し、その部品メーカーの製品は、欧州でも強いニーズが期待できるという情報連携がありました。これらグローバルなネットワークからの情報を企業に伝えたことで、同社は初の欧州工場の設立を決定し、欧州圏において「環境性能」に重点を置いたプロモーションを行い始めています。
また、企業名を出してお話できる例として、日油株式会社があります。同社は、化粧品の保湿成分やボディーソープの起泡材などを作る化学メーカーとして認知されていたのですが、従来の営業利益の見通しが例年、前年度実績を下回る保守的な発表内容だったため、アナリストの注目度も低いものでした。そこで、当社が課題を可視化して提示することで、IR担当から経営陣まで、課題への理解を深めていただき、投資家として初めてCEOと面談を実施できるまで関係を深めることができました。その結果、企業側の決算発表に対する姿勢が変わりました。また、過大な政策保有株の売却も提案しました。IRに対する姿勢等が変化したことによって、PBRで平均1.7倍程度だった同社の株価水準は、PBRで平均2倍程度に高まりました。
――対話によって変化が期待できる割安銘柄は、どの程度存在するのですか? また、対話等によって企業が変化するまでに必要な期間は?
早藤 当ファンドの投資ユニバースは、約200銘柄です。その中から、実際に投資しているのは30〜50銘柄程度になります。
対話の期間は概ね3年程度が平均となっています。実際に企業の姿勢や業績等に変化が表れるまでの期間は、ケースバイケースで様々です。それらを銘柄数30〜50程度のポートフォリオとして保有しますので、ファンドに対する投資期間の目安は3年〜5年程度と考えていただければと思います。
――同ファンドの活用のイメージは?
早藤 これまで米国の「S&P500」や大型成長株に投資するファンドを積立投資などで保有されている投資家の方々が少なくないと思います。そのような方は、当ファンドが日本株のバリュー投資戦略であることから、同じ株式投資でも地域や投資スタイルの異なるファンドとして分散効果が期待できると思います。
また、当ファンド設定の狙いでも申し上げたように、日本経済、日本企業の変化が投資機会になるのではないかと感じておられる方々は少なくないと思います。50年以上にわたって、日本企業と長期に向き合ってきたフィデリティの運用力を活かす「フィデリティ・日本バリューアップ・ファンド」は、日本の変化を魅力的な投資機会として捉え、中長期的に優れた投資成果の獲得をめざします。これからの資産形成でご活用いただく投信の1つとして、ぜひ、ご検討いただきたいと思います。