2023/12/14 18:33
社会保障審議会の年金部会と企業年金・個人年金部会は12月11日に合同で部会を開催し、互いの部会での議論を報告するとともに、共通する議題について合同で議論した。今回の共通する議題として取り上げられたのは、「年金広報と年金教育の取り組み」だったが、委員の間からは、それに関連して、年金関連情報の提供の仕方についての意見が相次ぎ、欧州で実施されているような、自分自身の公的・私的年金の情報を一括して全て理解できるような情報の集約化が重要との意見が強かった。長らく、別々に議論してきた2つの年金部会が一堂に会して合同部会を開催したというのは、年金制度が大きな節目を迎えていることを感じさせる動きだ。
社会保障審議会の2つの部会は、年金部会が公的年金に関する分野を、企業年金・個人年金部会が私的年金といわれる企業年金(確定給付企業年金と確定拠出企業年金など)や個人型確定拠出年金等に関する分野を議論の対象としている。日本の年金制度は、全国民を加入対象とした国民年金(基礎年金)が1階部分としてベースにあり、その上に、会社員と公務員の場合は厚生年金保険が2階部分としてある。ここまでを公的年金として年金部会が取り扱っている。この上にさらに、任意で加入する年金として企業年金や個人年金などの私的年金制度を乗せられる。この部分を企業年金・個人年金部会で扱っている。
法律等によって規定されている公的年金と私的年金の基本的な役割は、公的年金(基礎年金と厚生年金)は、「老後生活の基本を支える」という役割がある。現在の支給額は、基礎年金部分で1人あたり6万6250円(2023年度実績)、そして、厚生年金で男子平均報酬40年加入の場合、月額9万1982円(同)となる。この報酬比例年金である厚生年金と夫婦2人の基礎年金(満額)を合わせて現役期の手取り年収の50%を確保するというのが、現在の年金制度の概要になっている。夫婦2人世帯の年金受取額は2023年度実績で平均的な収入を得てきたサラリーマン世帯で22万4482円になる。そして、これに上乗せされるのが私的年金(企業年金と個人年金)ということになる。私的年金の役割は「老後生活の多様な希望やニースに応える」とされている。
私的年金によって「老後生活の多様な希望やニーズに応える」ことができるのであれば、公的年金と企業年金が揃っていれば、老後の生活に何の不安もなく日々の生活を送れるはずだが、「年金2000万円問題」が国会の議論に取り上げられるほど、年金の支給額は十分ではないという現実がある。そこで現在、年金制度改定で議論されているのは、公的年金では年金加入期間を長期化することによって、将来の年金受取額を増額しようという方向と、厚生年金の加入者を拡大することによって夫婦ともに厚生年金を受給できるような世帯を増やそうという議論だ。そして、私的年金の分野においては、より多くの人が利用しやすい環境づくりと加入限度額を引き上げて十分な準備できるようにしようという議論だ。
そこで、今回の合同部会で示された1つの方向性が「WPP(Work longer Pablic Pension)」という考え方だ。すなわち、60歳や65歳という定年退職の時期を先送りして就労期間を長くすることによって公的年金等の受給開始を先送りして、結果的に受け取る年金額を増額するなど、就労期間を延長することによって年金不足を解消しようという考え方だ。働き方は、人それぞれであるため、65歳を超えてまで働きたくないという考え方の人もいるだろう。その場合は、退職金や貯蓄の取り崩しによって公的年金の受け取り時期を先送りすることによって、受給額の水準を引き上げるという方法がある。ちなみに、年金の受け取りを先送りすることによって増額する年金受給額は「繰り下げた月数×0.7%(最大84%)」で計算できる。65歳の誕生日が年金受給権の発生年月日になっているので、そこから1年間先送りして、66歳の誕生日から公的年金を受給開始すると65歳時に受給する予定だった年金額(基礎年金と厚生年金両方とも、どちらか片方の繰り下げも可能)8.4%増額されることになる。最長で75歳の誕生日まで公的年金の受け取りを先送りすると84%増額される。
そして、このような働き方と年金受給額の関係を個人のレベルで具体的な金額として把握する仕組みが欧州で実施されている「年金ダッシュボード」と呼ばれる情報提供サイトの運営だ。現在のところ、国内では「公的年金シュミレーター」が2022年4月から運用開始され、「年収」「就労完了年齢」「受給開始年齢」を任意で入力することによって、将来受け取る年金額を試算することができる。このプログラムは2023年7月に民間サービスとの連携を目指して公開され、民間事業者がアプリ等に組み込んで保有資産の分析や運用アドバイスなどとともに将来の年金受取額の試算額を加えて提供できるようになったが、12月現在で公開プログラムの利用件数は3件にとどまっている。
欧州では、たとえば、スウェーデンが政府と民間が共同出資して設立したminPensionという組織が年金ダッシュボードを運営し、公的年金と私的年金の情報を一元で確認できる他、年金ごとに受給開始年齢を選択することで将来の年金受給見込み額を表示することができるようになっている。同様のサービスはデンマークやドイツ(試験運用中)でも運用され、フランスでは私的年金は契約状況のみの表示になるものの、一体的な情報開示ができ、イギリスでも開発中だ。欧州保険年金監督機構(EIOPA)がEC(欧州委員会)に対して「国民がすべての年金財源から予測される退職後の所得を理解し、退職後の所得が十分かどうかについて意識を高める必要がある」としてEU領域全域における年金ダッシュボードを開発することを推奨している。このため、欧州各国で、今後年金ダッシュボードの開発が進むと期待されている。
日本でも、欧州のような年金ダッシュボードの開発が必要という意見は複数の委員から出され、その機運が高まっている。日本国民の「貯蓄好き」といわれる性格は、「年金不安」ともあいまって形作られた部分があると考えられている。日本人の多くは「周囲に迷惑をかけたくない」と考え、特に、老後生活においては多くの財産を残す必要があると考えがちだ。しかし、公的年金等によって十分な備えができるのであれば、老後資金の備えも一定水準を確保すれば十分という判断もできる。一定の貯蓄があれば、その以上は消費に回すこともできるということが、より明確になる。これは、日本の経済を活性化することにもつながる。(イメージ写真提供:123RF)