2023/12/15 12:18
2023年の世界市場は、米国市場が底堅く推移したことを受けて全般に落ち着いた動きになった。2022年は、世界的に進んだインフレを抑えるため、史上まれにみるような急激な政策金利の引き上げが実施され、株式市場も債券市場も低迷するという厳しい1年間であったが、2023年は政策金利引き上げ局面の打ち止めも視野に入ってきたこともあり、株式市場はやや落ち着きを取り戻してきている。2024年を控えて、今後の市場をどのように考えればよいのだろうか? 米国市場の見通しをアライアンス・バーンスタイン運用戦略部インベストメント・ストラテジストの柴戸康輔氏(写真)に聞いた。
◆「マグニフィセント・セブン」の集中投資が是正へ
――年初から夏場までは堅調だった米国株式市場ですが、それ以降は上値が重いようです。今年のこれまでの株式市場についてはどのように見ていますか?
米「S&P500」は、年初来、9月末まで米ドルベースで13%の値上がりになりました。ただ、その内訳をみてみると、「AI(人工知能)」に関連する一部の銘柄に物色が集中した状況でした。市場では「マグニフィセント・セブン」という言葉が使われ、GAFAM(グーグル=アルファベット、アマゾン、フェイスブック=メタ・プラットフォームズ、アップル、マイクロソフト)にエヌビディアとテスラを加えた7つの主要テクノロジー関連企業の株価上昇が、市場の上昇のほとんどを説明できる状況でした。これは2020年のテクノロジー株高でも見られなかった極端な市場環境といえます。
実際に、「S&P500」について「マグニフィセント・セブン」にイーライリリー、ブロードコム、セールスフォースを加えた10社は、時価総額で30%に届かない存在ですが、1月〜9月の株式市場全体の上昇の9割以上を生み出しています。
2023年の企業業績動向を「S&P500」ベースのEPS(1株当たり利益)で見ると、企業の利益は伸びていません。GAFAMにしても「AI」への成長期待が大きかったために、期待先行で株価が値上がりしました。したがって、「S&P500」のバリュエーション(PERなどの株価評価指標)が上昇したことが、株式市場の堅調さの背景になっています。8月以降に米長期金利が上昇を強めると、バリュエーションの高さが意識され、一部調整される形で株価が下落しました。
◆2024年の市場を左右する「構造的なインフレ」
――これから来年にかけては、株式市場についてどのように見ればよいでしょうか?
長期金利は10月には5%台に乗せる場面もありましたが、この後も一段と上昇するという状況は考えにくいと思います。米連邦準備理事会(FRB)の金融政策が利上げの打ち止めを模索する段階となり、金利上昇のピークアウトが見えてきました。実際に現在の長期金利水準は、インフレ率を考慮した実質金利で2.5%程度となり、米国の潜在成長率を上回る水準になっています。この状況は景気を抑制する効果があるため、長くは続かず、むしろ政策金利を一段と引き上げる必要がないという政策判断につながっていくことが想定されます。
一方で、金利が急速に低下するようなことも考えづらく、あくまで緩やかに低下していくというのが基本的な考え方です。そのような金利の動きを背景として株式市場は比較的堅調な相場が続くと考えています。
しかし、これまで集中的に物色されてバリュエーションが高くなった銘柄の上値は限定されるでしょう。むしろ、集中物色された銘柄以外の銘柄へと物色が広がっていくと考えられます。市場における「AI」の見方も、未来の成長産業というより、現実的に業績に結び付けることができる企業を評価するというフェーズに進むとみています。
企業業績の見通しは、今年は横ばいですが、コンセンサスでは2024年、2025年と毎年10%程度の増益予想となっています。2023年はインフレに苦しんでいますが、2024年以降はインフレの落ち着きによって利益率が改善し、企業業績を押し上げることが期待されます。今後、長期金利が一段と上昇するようなことがなければ、株価は企業業績の伸長を評価する形で堅調に推移すると考えます。
もっとも、インフレが再燃しないかどうかについては慎重に見極めることが必要です。インフレが再燃すると企業業績の見通しも下方修正する必要がでてきます。市場は慎重な姿勢を保ちながら、株価は上値を追いかけるような展開になると予想しています。
――2024年は米国大統領選挙の年になりますが、株式市場にはどのような影響が出ると考えられますか?
過去の大統領選挙の年における「S&P500」の騰落率を調べると、大統領選挙そのものが株式市場を左右するようなことはありませんでした。株式市場は、やはり「マクロ経済」の動きに左右されます。近年大統領選挙の年に「S&P500」が大きく下落した年は2回あります。1回目は2000年で、ITバブル崩壊という経済ショックがありました。2回目は2008年で「リーマン・ショック」がありました。このような経済の大きな動きが株式市場の方向性を決定付けます。
その意味では、インフレの再燃が今後の市場に与える影響が大きいと考えます。2020年のコロナの鎮静化のために世界的な移動制限が設けられた結果、供給が制約され、モノの供給不足から約40年ぶりとなる急激なインフレが発生しました。現在はその沈静期にあたりますが、インフレの水準はしばらくの間コロナ禍前に戻ることはないと考えられます。
その背景のひとつは、温暖化による異常気象の頻発で待ったなしの状況に追い込まれた「脱炭素化」の動きが新たな供給制約になってきたことがあります。加えて、長引くロシア・ウクライナ戦争に加え、イスラエルとハマスを巡る中東の不安定化などの地政学リスクも供給制約を強める要素となっています。
また、米中対立など経済安全保障を強化する動きも供給制約が続く背景となっています。グローバル企業はグローバル・サプライチェーン(製品供給網)の組み直しを行っており、供給網の再構築には3年〜5年程度は必要と考えられますが、再構築できたとしてもコロナ以前のような最もコストが安い国・地域で生産するという低コスト生産の復活は期待できません。このような背景から「構造的なインフレ」が残り、世界経済は、これまでよりも高いインフレ、高い金利の下で発展することが求められていると考えています。
◆これからの運用のポイントは「クオリティ」と「米国市場」
――そのような市場環境では、どのようなことに気をつけて株式投資をしなければならないでしょうか?
短期的には不確実性が高く、かつ、バリュエーションが高くなった大型ハイテク株についてはバリュエーションの調整圧力が残ります。基本的には時価総額上位10社以外の銘柄に注目が集まりやすいとみていますが、投資先は慎重に選定し、厳選すべきだと考えます。
銘柄を選定する基準は、高水準の金利環境下でも成長戦略を追求できる「クオリティ企業」がポイントになります。財務体質が強固で負債が小さな企業は、高金利を負担するコストを避けられます。また、中長期に安定したキャッシュフローを生み出せる企業は、その資金で設備投資をするなど成長の種を自らの力で育てることができるのです。
成長株に投資するグロース戦略、そして、割安株に投資するバリュー戦略がありますが、そのどちらの戦略を選択しても、「クオリティ企業に厳選投資する」ということを堅持することによって市場に負けない成果を得られると思います。「クオリティ企業」への投資は、長期的に良好な成績につながっていますが、特に景気が悪い時に市場平均に勝る成績を出しやすいという傾向があります。
――米株式市場は、ここ数年間、市場をリードする存在だったのですが、今後もその地位は変わらないのでしょうか?
今後、世界経済や企業が克服していかなければならない「構造的なインフレ」という問題に対して、「AI」や「クラウド・コンピューティング」などは、生産性を上げるカギになる技術だと考えます。「AI」や「クラウド」に対して最も多くの投資をしている企業はアメリカ企業です。その点では、今後もアメリカ企業、米国株式市場というのは、引き続き重要なマーケットであり続けると思います。
◆新しいNISAで活きるアクティブファンドの魅力
――2024年から新しいNISAが始まりますが、長期投資を行う上で気を付けたい点やお勧めの運用手法はありますか?
新しいNISAは非課税限度額が大幅に引き上げられ、かつ、非課税期間が無期限になりました。この制度のメリットをもっとも大きく受けるには、大きなリターンが見込まれる資産に長期で投資し続けるということだと思います。
もちろん、長期投資では運用コストは低い方が良いということで、低コストのインデックスファンドを長期で積み立てるという手法の有効性はあります。ただ、インデックス投資のデメリットとして、市場の変化にあたって、その変化に応じたポートフォリオに、自らの判断で変更していくことが必要になります。ゼロ%だった世界の金利が、米国で短期金利が5%台にのせ、マイナス金利政策を採っていた欧州もすでに3%程度の金利水準に上昇しています。この3年間で市場環境は大きく変わりました。今までうまくいっていた投資戦略は、新しい環境に対応したポートフォリオに調整する必要があります。このような変化は今後も起こり得ますし、そのたびに変化に適応していくことが望ましい投資だと言えます。
アクティブファンドの場合、1つのファンドを長く持ち続けていても、そのファンドの運用チームが、その時々の市場環境に応じてポートフォリオの調整をしてくれます。つまり、新しいNISAで始める長期の資産形成では、このようなアクティブファンドの魅力も加味して商品の選択をしていただきたいと思います。