2023/12/18 10:03
HSBCアセットマネジメントが12月7日に開催した「イヤーエンド・セミナー」でグローバル・チーフ・ストラテジストのジョー・リトル氏(写真)は、「2024年のマクロ経済、市場見通し」を語り、2024年はこれまでに実施された利上げによる金利上昇の問題が表面化し、これまでと異なるマクロ経済の力学、高インフレ・高金利から生じる「新たなパラダイム」に移行すると見通した。セミナーの後で、リトル氏に個別取材の機会を得て、同社の見通しについて掘り下げて聞いた。
――2024年に「新たなパラダイム」に移行するとして、金融引締めと積極的な財政政策によって、これまでと異なるマクロ経済の力学が始まると予測されています。そのマクロ経済の力学とは、どのようなことなのでしょう? そのような力学のもとで、投資家は、どのように行動すればよいとお考えですか?
2024年の変化には3つのポイントがあると考えます。1つは、これまでの積極的な財政政策によって国の債務が拡大したことにより、緊縮財政へ移行しようとすることです。粘着性の高いインフレと利上げによって高インフレ、かつ、高金利というこれまでにない金融環境を迎えます。
また、気候変動への対応は待ったなしといえ、ネットゼロへの移行をめざす政策や投資が活発に出て来るようになるでしょう。そして、地政学リスクの高まりです。ウクライナやイスラエルでの戦争に代表されるような緊張関係が様々な局面で表れています。世界は「多極化」していて、今後も多くの地域で緊張感のある状態が続いていくと考えられます。
このような変化によって、市場のボラティリティ(価格変動率)は一段と高まると考えています。インフレ率は、年2%程度を目安に議論されてきましたが、これからは一段と高い水準で乱高下するようになると考えます。これが世界の金利水準を高止まりさせる要因にもなると考えます。
そして、投資家にとってやっかいな問題は、株式と債券の相関関係が高まっていることです。2010年頃までは、株式と債券はマイナスの相関にあったため、株式と債券に同時に投資するという単純なポートフォリオを作ることで投資リスクの抑制ができました。ところが、近年、株式と債券の相関が強まり、単純な分散ポートフォリオでは価格変動リスクから資産を守ることが難しくなっています。市場のボラティリティが高まると考えられる2024年は、オルタナティブ資産といわれるヘッジファンドやプライベート資産なども含めて幅広い分散を考える必要があるでしょう。
――HSBCでは2024年の主要な投資テーマを「ディフェンシブ・グロース」と名付けられています。「ディフェンシブ」と「グロース」は、本来は一緒には使わない概念だと思いますが、「ディフェンシブ・グロース」が意味としていることとは?
「ディフェンシブ・グロース」という言葉で強調したかったのは、「クオリティ(品質)」を重視する姿勢です。経済成長率が鈍化し、リセッション(景気後退)懸念がある中で、株式の下値リスクや債券にも価格変動リスクが高まっています。このような先行きが不透明な中では、株式も債券も慎重に選別した投資が重要です。たとえば、債券に投資するのであれば、ハイ・イールド債券のようなリスク水準の高い投資先を選ばずに、投資適格債を選んだ方が良いと考えます。
株式もクオリティの高い銘柄を選好します。国や地域も選別の必要があります。先進国の中では日本を唯一オーバーウエイトにしています。新興国は全体的に株価のバリュエーションは割安な水準にあるのですが、全て良いということではなく、選別する必要があると考えています。
――日本については、賃上げの継続を前提として「2024年第1四半期にイールドカーブコントロールの段階的撤廃」、そして、「マイナス金利政策の撤廃」を予測しています。2024年の日本株式市場をどのように見通していますか?
日本の変化を評価しています。これまで、日本の株式市場は無視されてきた市場でした。このため、その価格帯は過去と比較すると大幅に割安な水準にあります。これは第一の注目点です。米国の著名な投資家であるバフェット氏が日本株を購入していることが話題になりますが、バフェット氏のような長期投資家が日本に注目しているのも割安感からでしょう。
また、為替の方向性も注目ポイントです。これまで続いていたマイナス金利政策で、日本円はずいぶん円安が進みました。これからは、マイナス金利の解除も含めて日銀の金融政策が転換していく見通しです。その政策の変化は為替市場にも影響を与えます。日本円が強くなることは、外国人投資家にとって日本に投資する強い理由の1つになります。
そして、中期的には半導体産業の「ニアショアリング」(生産拠点を既存の事業拠点から近隣に移転させること)の動きや、日本企業の改革の進展により、生産性の向上が見られるようになってきたことが挙げられます。日本の株式への投資は、チャンスが多いと考えています。
――新興国についての見通しはいかがですか?
新興国については、どこに投資するのかということと同時に、何に投資するのかということも重要です。たとえば、中南米はインフレからディスインフレに移行しつつあり、チリなどは不況に入りそうです。そのような地域では債券を選好します。メキシコの債券も魅力的です。
一方、中東は株式が有力な選択肢になります。エネルギー輸出から脱却し、脱炭素社会に移行しようというメガトレンドに沿った投資計画が目白押しになっています。サウジアラビアやUAEなどは社会構造変革の渦中にあります。
また、インドの株式市場への資金流入が活発で、これは当面続くとみていますが、インドの債券も7%程度の利回りがあって魅力的な投資対象になっています。
中国では不動産開発企業が債務問題を抱え、この債務の処理には相当の時間を要することが想定されます。西側先進国もリーマンショック後に10年間程度は低成長の時代を経験したので、それと同様のことが中国にも起こるでしょう。ただ、このような見方は、既に多くの投資家が共有していて、株価等はそれを織り込んで大きく下げています。現在、中国株式の1年先の予想PERは9.5倍程度の水準で、歴史的に割安な水準にあります。
そして、中国には次世代の成長セクターと考えられるEV(電気自動車)やソーラーパネルなど、グリーンエネルギー社会に不可欠な製品のサプライヤーとしての地位があります。不動産に関連する産業の低迷は続くでしょうが、その一方で成長する企業群もあります。また、中国政府の財政は未だに健全であり、成長分野をサポートするための予算を確保することは難しくありません。その点では、割安となった中国株の中に魅力的な投資機会も存在しています。
――2024年を展望して、魅力的な資産クラスや地域はどこにあるとお考えでしょう?
2024年は債券が復調する年になるでしょう。西側先進国の債券は魅力的です。英国債を含む欧州債券、米国債券などに投資妙味のある債券が多いです。また、新興国も通貨の安定を背景にメキシコやインドの債券に魅力を感じます。ただ、債券への投資は、何でも良いというわけではありません。特に社債への投資では選別投資するアクティブアプロ―チが重要になります。
一方、株式では、中東や中国、インドなどアジア地域に魅力的な投資対象があります。日本もその1つです。
そして、インフラ資産や不動産、プライベートエクイティなどオルタナティブ資産も含めた分散投資が重要になると考えています。予測不能なリスクへの備えを欠かさないようにしたいところです。