2024/05/16 17:39
「eMAXIS Slim」シリーズ14本の合計純資産総額が2024年5月15日に10兆円を突破した。2017年2月27日に「先進国株式インデックス」、「国内株式(TOPIX)」、「先進国債券インデックス」、「国内債券インデックス」の4本でスタートした同シリーズは、合計純資産総額が100億円を超えるまでに約8カ月、165営業日を要したが、その後、ノーロード(販売時手数料が無料)・低コストのインデックスファンドを各社が品揃えして信託報酬の引き下げ競争が始まると「業界最低水準の運用コストを将来にわたってめざし続ける」という商品コンセプトを忠実に守り通すことで人気を獲得。2021年4月12日にシリーズ合計残高が1兆円を突破。2023年7月18日に合計残高が5兆円を突破。そして、今回、2024年3月28日の合計残高9兆円突破から約1カ月半(32営業日)で残高を1兆円積み増してシリーズ合計残高10兆円に届いた。シリーズ設定から約7年3カ月での10兆円大台になった。
現在では、「eMAXIS Slim 米国株式(S&P500)」が残高4兆5179億円、「eMAXIS Slim 全世界株式(オール・カントリー)」が残高3兆3650億円と業界を代表する巨大ファンド2本をシリーズに持ち、シリーズ14本のファンドのうち純資産残高1000億円を超える大型ファンドが9本を数える。このシリーズが「業界最低水準の運用コストをめざす」というコンセプトをまげずに、競合社がより低い信託報酬水準のファンドを出すたびに、追随して信託報酬率の引き下げを実施していた2017年(合計残高100億円未満)から19年の頃(合計残高2000億円程度)に、まさか5年後にシリーズで10兆円を超える残高を獲得しようとは、誰も想像していなかったのではないだろうか。
そもそも日本の投資信託市場において株価指数に連動する「インデックス・ファンド」は、人気のあるカテゴリーではなかった。インデックスを上回る運用成績をめざすアクティブ・ファンドこそが、運用商品としては「正当」な商品と考えられ、「インデックス・ファンド」は商品の内容がわかりやすいだけの面白みのない商品として本流にはなれない商品群だった。ところが、2018年1月にスタートした「つみたてNISA」は、ノーロード・低コストのインデックス・ファンドを主力商品に置いた税制優遇制度だった。「長期・積立・分散」というコツコツ投資こそが資産形成に不可欠の要素として、インデックスファンドを使った「20年投資」を力強くアピールした。
「つみたてNISA」を制定した金融庁の呼びかけに反応したのが、20代、30代という若い世代だった。デジタルネイティブで、ネット銀行やネット証券を当たり前に使い、SNSで情報を収集し、自分で調べた情報に基づいて行動できるバイタリティがあった。昔の投資家のように「人のいく裏に道あり」などと人とは異なる投資行動を尊ぶのではなく、「長期・積立・分散投資は金融庁も推奨する資産形成方法」と、堂々と真正面から取り組むことに迷いがなかった。その後、2019年に「老後2000万円不足問題」などが国会でも議論となり、「自分たちの将来は、自分たちの力で何とかしようとしないと惨めな老後を迎えることになりかねない」という危機感も彼らを後押ししただろう。
また、株式の売買を主軸にしていたネット証券が、2017年1月スタートの「iDeCo(個人型確定拠出年金)」、そして、「つみたてNISA」といった投資収益非課税の資産形成口座が揃って行くことに合わせて投資信託の取り扱いを抜本的に強化しはじめた。投資信託の積立契約でポイントを付与するなど、投資信託をネット証券で購入することにインセンティブを与えてPRした。このネット証券の動きに、SNS等で情報をやり取りする若い個人投資家が呼応する形で「つみたてNISA」の口座をネット証券に開設し、インデックスファンドを毎月積立投資するということがブームのように広がっていった。
そもそも、ネット証券の投資信託の取り扱いは、2011年3月にネット証券4社(SBI証券、カブドットコム証券<当時>、マネックス証券、楽天証券)が投資信託の取り扱いを協同で活性化する「資産倍増プロジェクト」を立ち上げた時、2010年の投資信託の設定額(購入額)に占める設定額シェアはネット証券4社で1.6%に過ぎなかった。同じ時期に個人の株式売買代金に占めるネット証券5社(松井証券が加わる)の売買代金シェアは71.4%に達していたにもかかわらず、ネット証券で投資信託を購入するというニーズは小さかったのだ。この4社共同キャンペーンによって、ネット証券での投資信託の購入が定着したといえるほどの成果にはならなかったが、このキャンペーンの前後に「ネット証券専用ファンド」が登場していた。そして、ネット証券や金融機関のオンライン販売を主たる販売窓口とした「ノーロード・低コスト」のファンドが意識的に設定されるようにもなり、新NISAの口座開設ではネット証券が選好されるという現在の隆盛につながる流れの基礎を作ったといえる。
シリーズ残高10兆円を達成した「eMAXIS Slim」は、今後はどのように発展していくのだろうか? 合計残高が6兆円を超えた2023年11月以降は、概ね30営業日(約1カ月半)で残高が1兆円積み上がる傾向がある。2024年1月に新NISAがスタートしてインデックスファンドによる積立投資は大きな流れとして定着したようだ。これは、積立投資が多いという現状を考えれば、簡単には崩れず、また、月日が経過するほどに1兆円上乗せのペースは上がっていくと考えられる。もちろん、「eMAXIS Slim」シリーズ以上に強力なファンドシリーズが出てこなければという前提の下でだ。
そして、現在のシリーズの残高の内訳は、「米国株式(S&P500)」が44.91%、「全世界株式(オール・カントリー)」が33.45%で、この2本だけで78.36%を占める。ここに「先進国株式」、「全世界株式(除く日本)」、「新興国株式」、「全世界株式(3地域均等型)」、「全米株式」といった海外株式インデックスファンド全体の比率は92.50%に達する。これに対し、「国内株式(TOPIX)」と「国内株式(日経平均)」の合計は2.73%に過ぎない。また、「先進国債券」と「国内債券」の合計は1.53%と極めて小さい。海外株式の中でも、「新興国株式」は1.61%と小さな残高しかないのが現状だ。
このシリーズ全体の残高比率は、現在のところ世界第1位の名目GDP(国内総生産)の米国(IMFの2023年末推計値で全世界に占める割合は26.11%)に投資する「米国株式(S&P500)」だけで、全体の残高の約45%を占めるというのは、あまりにも偏りが強い。国内株式への投資比率も小さ過ぎるといえ、まして、債券への投資はないに等しい。全体のバランスが悪すぎるので、これらをどのように是正するかという課題があろう。また、現状で世界第2位のGDPを持つ「中国」、第3位の「ドイツ」、そして、日本を挟んで第5位の「インド」への投資手段もシリーズにはない。特に、「中国」や「インド」といった新興国は、世界のGDP比率で現在でも「中国」が16.85%、「インド」が3.41%を占めているにもかかわらず、「新興国株式」の比率は小さ過ぎるといえるだろう。今後、「中国」も「インド」も世界の市場で一段と存在感を高めると考えられるだけに、何らかの手当てが必要だろう。
ファンドのシリーズを育てていくことは簡単ではない。この「eMAXIS Slim」シリーズも、オリジナルメンバーといえる「先進国株式」、「先進国債券」、「国内株式(TOPIX)」、「国内債券」の4本は、決して今のシリーズの中心ではない。シリーズが始まってから1年半後に投入された「米国株式(S&P500)」と、それから、さらに4カ月遅れて追加された「全世界株式(オール・カントリー)」がシリーズの屋台骨を担っている。いかに、市場のニーズに適った商品をタイムリーに追加していくかということもシリーズ全体の成長には重要なポイントといえる。その役割を他のファンドシリーズが果たし始めたら、現在の人気は保てなくなるだろう。
もっとも新しいメンバーは、2023年9月15日に追加された「全米株式」だが、設定から8カ月で残高が114億円という水準に育った。既にノーロード・低コストのインデックスファンドのブランドとして認知されている「eMAXIS Slim」シリーズでは残高100億円は容易に突破できるようだ。そのブランド価値を守りながら、どのような成長を続けるのか見守っていきたい。(グラフは、「eMAXIS Slim」シリーズの純資産残高の推移)