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2024/05/22 18:21
社会保障審議会の企業年金・個人年金部会が5月22日、「確定給付企業年金の資産運用力向上のための施策」をテーマに開催された。今夏に策定される「アセットオーナー・プリンシプル」への対応も含め、資産運用の実施主体である企業年金が、いかに加入者の最善の利益を考えた行動ができるか、その行動を促すためのガイドラインや規制の在り方をどうすべきかということが議論された。特に、アセットオーナーに共通するプリンシプル(原理・原則)への対応では、「従来は企業年金という枠内での制度議論だったが、プリンシプルへの対応を求められれば金融機関などプロの運用者と同等の基準での対応が求められる。従来とは異なる覚悟が必要なのではないのか」という指摘もあり、アセットオーナーとしてより専門的な対応が求められる事態への緊張も感じられた。 「アセットオーナー・プリンシプル」は、新しい資本主義実現会議の下に開催されている資産運用立国分科会の下に、アセットオーナー・プリンシプルに関する作業部会が置かれて議論が行われている。2023年12月にまとめられた「資産運用立国実現プラン」において、「アセットオーナーがそれぞれの運用目的・目標を達成し、受益者等に適切な運用の成果をもたらす等の責任を果たす観点から、アセットオーナーに共通して求められる役割がある」との考えに基づいて「アセットオーナーの運用・ガバナンス・リスク管理に係る共通の原則(アセットオーナー・プリンシプル)を2024年夏目途に策定する」と決められたもの。アセットオーナーの範囲は、公的年金、共済組合、企業年金、保険会社、大学ファンドなどと幅広く規定され、それぞれに運用の目的等が異なるが、その運用目的の違いはあったとしても、原理・原則としてアセットオーナーが守るべき規律を定めようとするもの。 現在の議論において5つの原則が示されている。原則1は、「アセットオーナーは、受益者等の最善の利益を勘案し、何のために運用を行うのかという運用目的を定め、適切な手続きに基づく意思決定の下、経済・金融環境等を踏まえつつ、運用目的に合った運用目標及び運用方針を定めるべきである。また、これらは状況変化に応じて適切に見直すべきである」。運用目的を明確にし、その目的に適うような運用ができるように努めるということで、これに対し異論は出なかった。 原則2は、「受益者等の最善の利益を追求する上では、アセットオーナーにおいて専門的知見に基づいて行動することが求められる。そこで、アセットオーナーは、原則1の運用目標・運用方針に照らして必要な人材確保などの体制整備を行い、その体制を適切に機能させるとともに、知見が不足する場合は、必要な外部知見の活用や外部委託を行うべきである」。この項目の「専門的知見に基づいて行動する」という専門性については、企業年金の運用の実体を考えれば、「ジョブローテーションの一環で企業年金の運用部署に配属される担当者もおり、そもそも中小企業などでは兼務担当も多く、運用に関する専門的なスキルを持っていない担当者も少なくない。この原則を全ての企業年金に求められては、ただでさえ企業年金からの撤退が続いている中で、一段と企業年金導入のハードルを上げてしまいかねない」という危惧の声が上がった。 原則3は、「アセットオーナーは、運用目標の実現のため、運用方針に基づき、運用方法の選択を適切に行うほか、投資先の分散をはじめとするリスク管理を適切に行うべきである。特に、運用を金融機関等に委託する場合は、利益相反を適切に管理しつつ最適な委託先を選定するとともに、定期的な委託先の見直しを行うべきである」。これに対しては、企業年金の運用力の向上の議論の中でも、運用委託先のモニタリングや委託策の定期的な見直しについてはガイドライン等でも示されている内容。実際に、それがどれだけ厳格に実施されているかは、これからの課題と認識されている。 原則4は、「アセットオーナーは、ステークホルダーへ運用状況の情報提供(「見える化」)を行うべきである」。これも、企業年金・個人年金部会で議論されている内容に沿っている。企業年金の受益者を、加入者と元加入者というくくりで考えれば、労使合意の下で必要な情報開示がされる体制になっている。 原則5は、「アセットオーナーは、受益者等のために運用目標の実現を図るにあたり、自ら又は委託先である運用会社の行動を通じてスチュワードシップ活動を実施するなど、投資先企業の持続的成長に資するよう必要な工夫をすべきである」。この原則については、企業年金の場合は、スチュワードシップ活動は運用委託先である運用会社が実施し、アセットオーナーの立場では、運用会社のスチュワードシップ活動をモニタリングし、望ましい活動が行われているかをチェックすることになっている。これを原則として義務化されるようになれば、総合型で1つの基金に複数社が相乗りしている年金基金の場合など、個別の事業者がどこまでモニタリング活動を実施するのかという問題が生じる。中小企業の場合は、そのための人材もいないという実体もあり、プリンシパルとして他のアセットオーナーと同様の対応は現実問題として難しいという意見があった。 このように、「アセットオーナー・プリンシプル」は、立派なアセットオーナーである企業年金として当然、順守すべき原則にはなっているが、現実問題として企業年金の規模や事業主の意識などの違いによって、全ての企業年金が等しく原則を受け入れられるような体制になっていないという現実もある。そして、かつては従業員の5割程度をカバーしていた企業年金が今では30%程度のカバー率になり、公的年金を補完する役割として企業年金を拡充すべきという方針はあるものの、企業年金を導入するための条件があまり大きな負担になってしまっては企業年金離れを一段と推し進めかねないという懸念もある。企業年金・個人年金部会では、そのあたりのバランスを重視した対応が重要との意見が強かった。 今夏にも策定される「アセットオーナー・プリンシプル」はその内容がまとまった後に、企業年金の運用に関するガイドライン等にも記載される見通しだ。(イメージ写真提供:123RF)
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