2024/08/23 10:42
新興国を含む全世界の株式約1万3000銘柄に投資する「超分散」を実現した「全世界超分散株式ファンド」が、日興アセットマネジメントによって5月17日に新規設定された。新興国を含む全世界の株式に投資するファンドは、「MSCIオール・カントリー・ワールド・インデックス」に連動するインデックスファンドが新NISAの積立投資対象として人気になっているが、その投資対象銘柄数は2700銘柄程度(2024年7月末時点)だ。「超分散」することにどのような意味があるのか? 同ファンドの実質的な運用を担うディメンショナルの日本拠点であるディメンショナル・ジャパン・リミテッドのCEO兼日本における代表者のジョン・アール・アルカイヤ氏(写真:右)と日興アセットマネジメントのリテール事業本部副本部長の高野誠氏(写真:左)に聞いた。
――ファンドの実質的な運用を行うディメンショナル社は、ノーベル経済学賞受賞者が複数在籍する非常にユニークな運用会社だということですが、会社の特徴を紹介してください。
アルカイヤ 1981年に米国で創業した会社ですが、その大きな特徴として挙げられるのは、経済学で認められたアカデミックな理論に基づいた運用を行っているという点です。当社は、株式の期待リターンを説明する要素として「企業規模」などに注目する枠組み「3ファクター・モデル」の提唱者であるユージン・ファーマ氏(2013年 ノーベル経済学賞受賞)とケネス・フレンチ氏を取締役に迎えるなど、ファイナンス業界の優れた研究者が籍を置き、実証データに裏付けられたアカデミックな理論をファンドの投資アプローチとして提供しています。
「3ファクター・モデル」が提唱する「小型株は大型株に勝る運用成績をあげられる」という検証結果に基づいて、それまで大型株でしか運用していなかった機関投資家に小型株のポートフォリオを併せ持てば、パフォーマンスが向上するということを提案し、実際にパフォーマンスの向上をもたらしたことなどで信頼を勝ち得てきました。また、創業者メンバーの中には、「市場は効率的である」、すなわち、「市場価格は利用可能なすべての情報を織り込んでいる」という効率的市場仮説の理論を裏付けとして、史上で初めてインデックスファンドの組成に携わり、金融工学の発展に寄与した者もいました。
ユージン・ファーマ氏が提唱した効率的市場仮説の考えは、当社の運用哲学の根幹です。アクティブファンドの多くが立脚する「市場は時に間違った価格をつけているから、その間違いが投資機会になる」というアプローチもありますが、世界中の投資家が様々な分析に基づいて投資しているのだから、その瞬間その瞬間の市場価格は正しい価値を表していると、私たちは考えます。
また、私たちは「相場を予測することは難しい」とも考えています。経済が成長していくという前提に立つと、株式市場は中長期的に右肩上がりで成長を続けると考えており、上下の変動はあったとしても投資の時間軸は長い方が成功体験につながる可能性が高まります。そして、投資家がコントロールできることは、投資先を分散することと低コストの運用商品を選ぶことだとも考えています。投資家のこのような行動に適うような、広く分散可能な低コストの投資商品を提供し続けています。
このような投資哲学で運用サービスを提供し、約1600名という少ない従業員ながら、2024年6月末時点で119兆円(1米ドル160.77円)もの運用資産をお預かりしています。米国で大きな資産をお預かりする運用会社として成長できたのは、主にIFA(独立系ファイナンシャルアドバイザー)が個人投資家に提案するポートフォリオに、ディメンショナルのファンドを採用していただいたからであり、現在の運用資産の7割程度がIFAチャネルを介してもたらされています。
――「全世界超分散株式ファンド」を設定した狙いは?
高野 すべての投資家の方にとって、運用の柱となるようなファンドを作りたいと考えました。今年から始まった新NISAでは、10年や20年、あるいは、それ以上の長期にわたって非課税で投資することも可能です。将来を考えれば、経済にも社会にも様々な変化があるのでしょうが、どんな変化があっても株式市場の大きな流れをつかみ続けることは大事です。そのためには、1つの国や一部の銘柄を持つのではなく、広く多くの銘柄に分散投資することが重要になります。
たとえば、新NISAが始まって「全世界株式(オール・カントリー)」や「S&P500」に連動するインデックスファンドが人気を集めていますが、「S&P500」は米国の大型株500銘柄であり、「全世界株式(オール・カントリー)」といっても時価総額の大きな2700銘柄程度(2024年7月末時点)となります。新たに設定した「全世界超分散株式ファンド」は、新興国を含む全世界約1万3000銘柄という、それらを大きく上回る銘柄に投資をしています。さらに、そのうち中小型株が30%程度を占めており、このファンド1本で大型株から中小型株までを併せ持ちする分散効果も期待できます。
投資期間を長くとると、大型株が優位な相場と中小型株が優位な相場の両方を経験することになります。しかし、全世界の約1万3000銘柄に徹底して広く分散投資していれば、いずれの環境にも対応していくことが期待できます。こうした考え方から、長期の資産形成において、持っていていただきたいファンドとして「全世界超分散株式ファンド」を設定するに至りました。
アルカイヤ 全世界の株式に幅広く分散投資するという運用は、運用商品として決して面白いものではありません。なぜなら、市場の先を読む優れたファンド・マネージャーが、次世代の成長産業を見極めて、そのリーダーになりうる企業を狙い撃ちで投資することで市場平均を大きく上回る成果をめざすというアクティブファンドの成功物語ではないからです。
私たちは、この戦略を『おかゆ』のようなものだと考えています。おかゆと梅干だけの食事は、どんな時でも、これだけを食べていれば命をつなぐことができるような、素朴で体に優しい存在です。ただ、時に飽きてしまいがちです。そうするとスパイシーなものにも手を伸ばしたくなるものですが、それでも、この戦略は、常食のようにずっと続けていただきたいと思っています。
――ファンドは、ただ単に広く分散投資するだけでなく「企業規模」「相対価格」「収益力」という3つの観点に着目することで、リターンの向上をめざすということですが?
アルカイヤ 当社では学術的に証明された考え方を運用に取り入れることによって、長期的にはインデックスを上回るリターンを実現することが可能だと考えています。「企業規模」の観点からは、規模が小さい企業には大きな成長余地があると想定され、株価の値上がり余地も大きいと期待されるとの考えから、世界の株式時価総額に応じた比率に比べて小型株のウエイトを高めます。また、「相対価格」の観点からは、企業の株式簿価に対して株価が割安と判断される銘柄ほど相対的に大きな値上がりが期待されると考え、バリュー株(割安株)のウエイトを高めます。
そして、「収益力」の高い企業の株価は、相対的に大きな値上がりが期待されるため、高収益株のウエイトを高めます。このような3つのポイントは学術研究で示され、多くの研究者が検証してデータの正しさが認められています。また、ファンド・マネージャーの裁量でポートフォリオを構築・調整するのではなく、ルールを決めてシステマティックに運用・管理を行うことで、運用に関するコストを低く抑えていることも当社の運用の特徴です。
――実際の運用成績は?
アルカイヤ 「全世界超分散株式ファンド」が主要投資対象とする投資信託証券と実質的に同様の運用戦略を用いるファンドの中で、最も長い運用実績があるファンドは、英ポンド建てで2011年9月から実績があります。2024年6月末までの約13年間の年率リターンは11.2%です。この同じ期間のポンド建ての「MSCIオール・カントリー・ワールド・インデックス」の年率リターンは12.5%なので、当戦略がやや負けています。
特に直近の数年間における、「マグニフィセント・セブン」と言われるような一部の大型テクノロジー株の特異な株価上昇が、戦略のパフォーマンスを相対的に押し下げる要因となっています。特定の大型株が大きく上がっている時であっても、当戦略は小型株を含む全世界の株式に幅広く分散投資するというスタンスを堅持しています。この戦略を貫くことが将来のパフォーマンスにはプラスになると信じているからです。
高野 小型株の大型株に対するパフォーマンスの優位性については、当社でも検証したレポートを「楽読(ラクヨミ)」などのコンテンツでも伝えています。一般的に、小型株は新興企業が多く、成熟した大企業と比較すると高い成長率が期待されます。実際に過去のEPS(1株当たり利益)成長率を見ると、2019年の実績を100とすると、2025年の予測で小型株は米ドルベースで190になると予想されていて、これは大型株の150を大きく上回っています。このEPSの成長率の差は、株価の動きにも反映され、1998年12月末から2024年5月末まで約25年間の月次リターンの平均を年率換算すると、小型株は9.7%で、大型株の7.1%を大きく上回っています。長期でみると小型株の優位性が見て取れるだけでなく、運用効率の向上も期待することができます。
――今回のファンドの提供を通じて日本の投信市場への期待は?
アルカイヤ 日本では今、投資による資産形成についてカタリスト(動き出すきっかけ)があります。そのひとつはインフレ(物価上昇)です。人生100年時代といわれ、老後への備えが必要とされる中、近年のインフレが多くの人々を、「資産を増やす努力をしなければならない」という気持ちにさせていると思います。そこに「新NISA」という投資を後押しする制度が用意されました。これは、投資を始めるきっかけとして、非常に良いタイミングだったと思います。
日本では、個人金融資産に占める現金・預貯金の比率が5割近くあり、米欧などと比較するとその比率は非常に高いです。インフレが進む社会では「キャッシュ・イズノット・セイフティ」です。私たちは、「全世界超分散株式ファンド」を通じて、資産運用の必要性を全国の方々に広く伝えていきたいと思っています。資産運用をするのは、幸せな生活を送るためです。そのための手段が、日々の株価の変動にハラハラドキドキするような投資であっては続けられなくなると思います。「全世界超分散株式ファンド」のような、世界経済の成長に合わせて成長していくことが期待される資産が、結果的に選ばれるようになると思います。株価に関する日々のニュースを追いかけて一喜一憂するのではなく、穏やかによく眠れる投資をした方が、ずっと良い生活が送れます。
バブル崩壊以降、日本では投資が敬遠されてきましたが、私は日本の方々の研究熱心さが原動力となって、投資に対する理解がこれから高まっていくという期待をもっています。例えば、日本の書店に入ってみると、本棚にマス釣りの雑誌が4〜5冊も並んでいることに驚きます。米国などでは、メジャーでない趣味の雑誌がこんなにたくさん出るようなことは考えられません。インフレや新NISAをきっかけに資産運用への関心が高まっている中、これまでとは大きく違うムーブメントが起こっていると感じています。資産運用について考えたとき、「全世界超分散株式ファンド」が持つ世界の株式に超分散投資をするというコンセプトは、幅広い投資家の方々に共感していただけると考えています。