2024/09/03 10:03
東証がPBR(株価純資産倍率)1倍割れの企業に対してその是正策を明らかにするように求め、日経平均株価が34年ぶりに史上最高値を更新するなど、国内の株式市場が活性化してきた。その背景には、長らく続いてきたデフレ(物価下落)の時代が終わり、日本経済が緩やかなインフレ(物価上昇)に転じてきたことがある。この中にあって、いち早く日本株の運用体制を強化し、日本株式の魅力について積極的な情報発信を始めているのがアセットマネジメントOneだ。同社代表取締役社長の杉原規之氏(写真)に、同社の取り組みの狙いについて聞いた。
◆一段と重要になる「エンゲージメント」
――2024年4月に株式運用グループ内のリサーチ機能とスチュワードシップ推進グループ、調査グループを統合して「リサーチ・エンゲージメントグループ」を新設するなど日本株の運用体制を強化されています。強化されたポイントとその狙いは?
「資産運用立国」の実現に向け、カギとなるのは、マザーマーケットである国内株式市場が強くなることです。世界で通用する日本企業を育て、その情報を広く国内外の投資家に向けて発信していくことが運用会社として重要な役割になると考えています。
国内の投資家を増やすにも、海外の投資家に日本株の魅力を訴えるにも、魅力ある日本株ファンドがあること、それを作ることが重要です。そのために、まず、長期に良質な運用を継続できる運用力の強化が必要です。ファンドマネジャーはもちろん、運用を支えるアナリストらの調査部隊も一体となって強化することを考えました。そして、投資先企業への働きかけも強化する必要があります。エンゲージメント(建設的な目的を持った対話)によって投資先企業の価値向上を促す力を強化したいと考えました。この2つが両輪となって全体の運用力が強化されます。
リサーチ力の強化については、これまで、セクターアナリスト、ESGアナリスト、マクロ経済アナリストなどが、それぞれに部門で分かれていたものを1つに統合し、情報連携や共同研究などがより進みやすい体制としました。中小型株から大型株まで一貫して総合的に調査分析する部隊になったのです。これによって、従来はセクターアナリストとESGアナリストが別々に取材に行っていたようなことが、1回で2つの側面から取材するようになって効率化も進みました。
もちろん、最終的な目的は魅力的なファンドを作ることですから、企業価値を選別する目利きの力、分析する力を向上することも重要です。エンゲージメントも株価の上昇につながるような継続的な価値向上を働きかける必要があります。新しい組織を作るだけではなく、その期待する機能が発揮されるよう、継続的に見直しを行っていくつもりです。
――投資先企業とのエンゲージメントについて、ここ数年、運用会社各社は取り組みを強化してきています。具体的には、どのようなことをやっているのでしょうか?
当社では年間2000件以上のエンゲージメントの機会を持っていますが、その中で、近年は資本効率の向上をテーマにしたミーティングが増えています。従来は、資本効率の向上というテーマは、地方銀行など金融機関が中心のテーマでしたが、近年は非金融にも広がっています。このテーマが企業価値の向上にダイレクトにつながるため、意識が高まっているのだと思います。
たとえば、ある製造業の社長、専務執行役員、経営企画部長と面談した際に、当社からその企業の先行きに対して抱いている懸念や株価が低迷している要因について、同業他社の事例なども交えて説明し、課題認識の共有化を図りました。また、情報開示の観点から、中長期のあるべき姿の提示や適切なKPI(重要業績評価指標)の設定により、投資家に成長ポテンシャルや資本効率の改善策をわかりやすく伝えることの重要性を強調しました。その会社からは「有益な示唆が得られた。対応を検討したい」との前向きな回答を得られ、その後、その会社は事業の選択と集中に着手し、一部不採算製品からの撤退を決定し、決算説明会において成熟事業の事業構造改革のロードマップが公表されるなど情報開示の姿勢も大きく変わりました。
また、ある不動産会社は政策保有株式を用いた事業戦略を行い、財務面では一定の結果を残し、同社自体、取引業者、株主にとって「三方良し」に見える経営をしていました。ただ、同社の政策保有株式は同社及び持ち合い先の資本効率向上の阻害要因になるだけでなく、議決権行使の空洞化を通じたガバナンスの機能不全を招く可能性が高いことから、政策保有株式を早期に削減する必要があると当社では考えていました。そこで、この不動産会社の社長と当社のESGアナリストを交えた継続的な対話を進め、政策保有株式の削減に方針を固めていただきました。さらに、エンゲージメントの結果として削減目標を設定することを実現しました。
PBR1倍割れ企業に是正を求めたことで知られる東証イニシアティブは、当初の情報開示や短期的な対応策としての増配や自社株買いなどの対応が一巡し、次のステージに進んでいます。中長期的に企業の稼ぐ力を向上させるために何が必要か。事業ポートフォリオの再構築を促すなど、持続的な取り組みが求められるようになっています。私どもが行っているエンゲージメントのテーマも、このような時代の要請に沿った内容にしていきます。
私たちは運用会社として、企業に伴走するという姿勢が大事だと思っています。対話の内容は、従来に比べて厳しい内容になる場合もあります。経営者と考え方が異なって対立するような場合もありますが、私たちが目指している企業の価値向上は、企業にとっても望ましいことで、同じゴールをめざしています。そして、そのゴールは、保有する株式の株価上昇によってファンドの資産価値の向上につながり、投資家の方々にも望ましいゴールになります。共通のゴールに向かって時間軸を共有しながら企業とともに進んでいきたいと思っています。
◆国内株式ファンドのフラッグシップを育てる
――政府は2023年12月に「資産運用立国実現プラン」を公表し、資産運用フォーラム準備委員会を設置して議論を進めています。貴社は、日本株の主幹事を担う立場で委員会に参画なさってこられましたが、委員会での議論を踏まえて、資産運用立国の実現に向けて運用会社が果たすべき役割を、どのようにお考えでしょうか?
米国で1980年代に企業型確定拠出年金(401k)が導入され30年をかけて投資家の裾野を広げてきた取り組みを、これから日本に広めていこうという、非常に時間がかかる取り組みになります。議論のスタートとして、日本の個人金融資産の50%以上を占める預貯金・現金を投資資産に振り向けていこうという動きがあります。そこにあって要となる機関の1つが運用会社です。長期にコミットして着実なすそ野拡大を目指したいと思っています。
投資家のすそ野拡大には、やはり、マザーマーケットである国内株式市場の強化や活性化が必要です。米国が30年をかけて投資市場を育てていくことができた背景には、その間に着実に成長した米国株式市場があり、ゆるやかなインフレが続いていたということが土台になっていると思います。
同じように、10年単位で国内の投資市場を育成していくにあたって国内株式市場の育成は不可欠です。内外の投資家に日本株の魅力を伝えるとともに、エンゲージメント等を通じた企業価値向上の取り組みを責任をもって継続的に行っていくことが、運用会社としての使命であると考えています。
もちろん、プロダクトの面で魅力的な日本株ファンドを提供することは、私どもの大きな使命です。実際には現在運用中のファンドの中にも魅力的なファンドはあります。ただ、私たちのアピール不足であったり、投資家のニーズに適っていないなどの理由で高い注目を集めるまでに至っていないものもあります。これらのファンドについても日の目を見るような機会を作っていきたいと考えています。
また、10年〜20年という期間をかけて、日本株のフラッグシップといえるファンドを作っていきたいと考えています。商品開発部門と運用部門が協働で国内大型株に集中投資し、長期のリターンを創出する商品の立ち上げを準備しています。国内の運用会社が国内株アクティブファンドでフラッグシップといえるファンドを運用している例は残念ながらこれまでなかったと思います。私どもから国内を代表するようなフラッグシップファンドを提供したいと思います。
◆投資家のすそ野拡大で「未来をはぐくむ」
――「投資」における真のすそ野拡大に向けて、2023年10月に「未来をはぐくむ研究所」を設立されていますが、その狙いと実際の活動内容は?
未来をはぐくむ研究所は、投資の啓もう活動を行っています。主に、若い方々に向けて資産運用に関する情報を広く伝えていきたいと考えています。
「アセットマネジメント」、「ファンドマネジャー」など、私たちは当たり前に使っていますが、この言葉を聞いたことがない方々も少なくありません。運用会社やファンドマネジャーの仕事とはどんな内容なのかなど、一つひとつ丁寧に伝えていきたいと思っています。ひとつの目標として、小学生に「将来なりたい職業は?」と質問した時に、サッカー選手やユーチューバーなどと並んでファンドマネジャーが入るようなくらいに浸透すればと思っています。
最近の取り組みとして小学校の先生方を対象にしたセミナーを開催しました。2日間のセミナーで、投資信託とはどんなもので、どのように使われているのかなど、小学生に教える立場に立った情報提供に努めました。レゴブロックを使ったワークショップや「子ども達に知ってほしい金融リテラシー」に関するディスカッションなど、投資について親しみやすい内容にしました。また、小学生向けには、「キッザニア オンラインカレッジ」でファンドマネジャーの仕事を疑似体験できるアプリを開発しています。このアプリを使ったワークショップなども開催し、子供たちにファンドマネジャーについて知っていただこうと思っています。この他、大学向けの金融講座の提供や官公庁での資産運用セミナーの開催など、幅広い層に向けて情報発信を行っています。
未来をはぐくむ研究所では「一人ひとりの将来のお金のウエルビーイング(良好な状態)の実現」をめざしています。一人でも多くの人が「投資の力」を身近に感じるようになり、有効に活用できるようになることをサポートしていきます。お金の運用を広げるということを通じて「安心して人生を楽しむ」という人生100年時代のウエルビーイングに貢献したいと思っています。
――運用会社は運用商品の提供がメインであり、直接、投資家と接する販売会社との連携が大きなポイントになってくると思います。販売会社との連携の今後の計画は?
今年7月に販売会社のご担当者向けに開催した「アセマネOneの会 商品戦略フォーラム」では3人のファンドマネジャーに登壇してもらって、自身が運用するファンドについて語ってもらい、その後の懇親会でもファンドマネジャーが販売会社のご担当者様と直接話をする機会を持ちました。これまで、ファンドマネジャーが販売の第一線のご担当の方々と語り合うというような機会は少なかったのですが、今後は、ファンドマネジャーにも積極的に表に出てもらい、販売の現場からの疑問や意見に直接、答えてもらう機会を増やしていきたいと思っています。ファンドマネジャーの個性を知っていただき、運用に関する考え方を直接聞いていただくことで、個々のファンドの運用姿勢についてより理解を深めていただく機会になると思います。
また、8月5日に東証の株価が急落した翌日、販売会社のご担当者を対象とした臨時マーケット説明会をオンラインで開催したのですが、1000回線用意した席が全部埋まって回線が足りない状況になりました。どこよりも早くお声がけしたために、多くの方々に参加していただけたようなのですが、タイムリーでスピーディな情報提供が強く求められていることを改めて認識しました。相場の急落時はもちろんのこと、投信や運用に関して何が気になることがある時に、真っ先に問い合わせていただけるよう信頼性のある情報発信に努めていきます。